n回目の永遠/熱ロク

※死ネタです

プロトの中で祖父の姿を見た時から、俺はきっとその考えを持ち始めていたはずだ。

ひたりとロックマンが目の前の画面に手を合わせる。それに合わせて、熱斗も重ねるように画面に手を当てた。
実際に熱斗と手を触れ合わせているわけではないが、こうすることで彼と手を合わせているような錯覚をロックマンは感じていた。
熱斗の目を見つめて、ロックマンは熱斗へ問いかけた。

「……熱斗くん。本当にいいの?」
「何回聞くんだよロックマン。いや、彩斗兄さん。
俺はもう決めたんだよ。彩斗兄さんと、ロックマンと一緒に生きるって決めた。
……この研究を始めた時から、その覚悟くらいできてたさ」

熱斗の返事を聞いて、ロックマンは顔を俯かせる。
この研究を始めてから、何度この問いかけを彼に投げかけてきただろう?何度、彼の気持ちを疑ってしまっただろう?
――熱斗の精神をデータ化して、電脳空間へと永続的に保存して留めておく研究。
以前、祖父である光正が考えて実際に行った研究データを紐解いて、熱斗とロックマンは実行に移そうとしていた。

祖父がそれらの行動をとった理由はプロトの反乱を防ぐ事を目的としたもので、そこに私情は無かったはずだ。
罪滅ぼしのため、と言っていたがきっとそれだけでは無い理由があったのだろう。

しかし熱斗とロックマンが行おうとしている事には、世界を守るためという大義名分など無い。ただ自分の目的のためだけに、自身を、自身のオペレーターの事をデータ化しようとしている。
それはつまり、これから成長していく熱斗の未来を奪っていることに他ならず、ロックマンは熱斗と共に研究を進めながらもずっと罪悪感に囚われ続けてきた。
熱斗がこの研究を始めなければ、自分が全力で熱斗を止めていたなら、こんな未来にはならなかっただろう。
この研究を行わずに熱斗が成長し、研究者になり、家庭を持つようになったかもしれない未来。それを潰すことに協力している罪悪感。
そしてこの気持ちは無くしてはいけないものだとロックマンは考えていた。その感情を無くしてしまえば、結局はその問題から逃げていることになるのだから。
これはオペレーターに、実の弟に、……熱斗に恋をしてしまった自分への、罪なのかもしれない。罪悪感に囚われ続けることこそが、自分への罪なのだ。
ロックマンはそのような事を考えながら、熱斗の目を見つめていた。

「熱斗くん…。うん、わかった。ボクも、君を受け入れる覚悟を決めるよ」
「え、まさかロックマンはずっと俺のことを受け入れてるつもりなかったのかよ?
ここまで来てひどいやつだな~」
「そ、そういう意味じゃ……」

ロックマンが慌てて弁解を始めれば、熱斗はくすりと笑みを浮かべる。本当にわかってくれたのか、とロックマンは不安になるが熱斗は冗談だよと茶化す。
その間にも熱斗は着々と自身をデータ化するための動作を進めていき、パネルで操作するものは全部終えてしまった。後は電子機器を自身の体に繋いでいくだけだ。
理論は完璧なはずだった。残されていた祖父の研究の量は多いものでは無かったが、パルストランスミッションを実際に行ったことでロックマンのデータの一部が書き換えられた際の履歴が残っていた。
その履歴を基礎としてデータを組み立てれば、パルストランスミッションを問題なく行えるようになった。
パルストランスミッションは精神データを電脳世界へ往復させることが可能だった。けれど熱斗が望むのは一方通行の精神データの送信だった。
パルストランスミッションでは出来ない事、光正の研究では出来る事。それを探るのに、少しだけ手間取ってしまった。
理論は完璧だ。これで熱斗は、ロックマンと永遠を共に出来る。
熱斗は一人で納得し、電子機器をすべて自身の身体に繋ぎ終え、ロックマンに話しかける。

「……ちゃんとここの通信設備は切ってあるんだよな?」
「もちろん。熱斗くんの言った通りにしてるよ。
何重にもプロテクトだってかけてある。んもう、熱斗くんさっき確認してたじゃない」
「確認だよ、確認。……じゃあロックマン始めてくれ」
「……うん、熱斗くん」

ロックマンがパネルを操作し、熱斗の精神をデータ化する作業を始める。
もう戻れない。ロックマンは作業する手が震えてしまわないか不安だったが、手が震えることはなかった。
心が、手が震えそうだと思ったとしてもやはり自分はネットナビなのだ。命令された事を忠実に行う。それがネットナビだ。

「あ、そうだロックマン。一個言い忘れてた」
「……なぁに?」
「俺、ロックマンと一緒に過ごせたこと、幸せだったと思ってる。
でもさ、やっぱり俺はロックマンと……、彩斗兄さんと、同じ世界で暮らしたかった。同じ景色を、同じ目線で見たかった。
……だからさ。ロックマンは俺がこうなったことについて、自分を責める必要は全くないぜ」
「熱斗、く、ん…」
「ロックマン、バカみたいに責任感強かったからだろ。気にしてるんじゃないかなって、思ってさ…」
「バカみたいにって何さ!ボクは熱斗くんの事を、いつも真剣に考えて……」
「うん。ロックマンは、いつも俺の事を、自分の事みたいに思ってくれてたの、ちゃんとわかってる」
「当たり前でしょ、ボクは熱斗くんのネットナビで……、熱斗の、兄なんだから」
「ああ。だからさ、これは全部俺がやりたくてやったことなんだ。
……だから、な?彩斗兄さんにはそんな顔しないで欲しい。これで、良かったんだよ」
「……僕、そんなにひどい顔してた?」
「そりゃあ……、この世の終わり、みたいな顔、してたぜ……」

ロックマンは、彩斗は、熱斗の言葉を重く感じ取る。
ああ、君はボクに罪の意識さえ持たせてくれない。自分の決めた事だから気にしなくていい、なんて。
なんてひどいオペレーターなんだろう。なんてひどい弟なんだろう。
なんて、ひどい兄を持った可哀そうな弟だろう。

「……そろそろ、こっちとのリンクは……、切れ、る、みたいだ……」
「熱斗くん、無理して喋らないで。ちゃんと、作動してるから。安心して」
「ああ……、なぁ、ロック、マン?」
「……なぁに、熱斗くん?」

熱斗の目がゆっくりと閉じる。ロックマンの手元にあるウインドウには、80%以上熱斗の精神がデータ化を済ませたことを表していた。
熱斗が喋れるとしたら、次の言葉が最後だろう。

「愛してる。……お前のこと、世界の、誰より、も……」
「……!!」

熱斗はその言葉を最後に意識を手放す。
それと同時にロックマンはその場に崩れ落ち、両手で顔を覆った。
ネットナビ故に泣けない自分を、この時ほど呪うことはなかっただろう。

何度も言われた言葉。聞かされた言葉。
請われた言葉。請うた言葉。
それを自分はもう、現実世界の熱斗からは聞くことができないのだ。これが本当に、人間の光熱斗と話すのが最後なのだと。
ロックマンがそのことを理解したのは、熱斗の精神データの全てが電脳世界で構築された時だった。
もう後戻りなんてできない。
熱斗が秘め事を話すように人の目を忍んでロックマンにこの研究を提案してきたあの時に、全力で止めるべきだったのかもしれない。

けれど、これを熱斗が望んだ結果ならば、自分はそれを受け入れよう。
ロックマンの目の前にいる熱斗がゆっくりと目を開ける。
――ああ、触れられる距離に、熱斗がいる。

「おはよう、熱斗くん。今朝は悪い夢、見なかった?」
「……お前と一緒にいられるなんて、まるで夢みたいだぜ、ロックマン」

いつか、やりとりした言葉。お互いにそれを分かっていたからこそ、くふっと吹き出して、こらえ切れずに二人して腹を抱えて笑った。

「なぁロックマン。これで俺たち、ずっと一緒だな」
「うん、熱斗くん。ボク達は、ずっと一緒だよ」

――廃墟と化した研究所跡。もうネットワークとは繋がっていないコンピュータには、二人のネットナビが一緒に暮らしているという。
一人はネットナビらしい外見をしているが、もう一人は、まるで生きた人間にそっくりなのだそうだ。研究所跡には小学生男子と思われる、白骨化した死体が残されていたと言う。

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