あまいあまい/熱彩

「一口ちょうだい」
え、と声を出す間もなく熱斗に口を塞がれる。
驚愕して開いた口から熱斗の舌が入り込んで、僕の口の中にあったチョコレートを奪い取ってしまった。僕の、はじめてのキスも一緒に。
ぬるりとした感触を残して熱斗の顔が離れる。
「ん、これおいしいな」
そう言いながらもぐもぐと咀嚼する弟を見て、僕は顔を真っ赤にしてしまう。
思わず口元を手で押さえれば、熱斗と目があってしまう。あ、変な笑い方してる。
急になにするの、と聞けば、チョコ食べたかったからとあっさり白状された。そんな飄々と言われてしまうと、意識してしまったのがこちらだけだったのかと戸惑ってしまう。
頬の熱が冷めないまま、初めてだったのだと熱斗の行動を咎めれば、悪びれもせずにごくりとチョコレートを飲み込んで、けらけらと笑う。
「別にいーじゃん、家族だしノーカンノーカン!」
「……はぁ」
思わずため息をついてしまう。ノーカンとかそういう問題じゃないだろとか、いくら家族でもそれはどうなんだとか、僕が熱斗に片想いしていることなんて君は絶対知らないからそんなことができるんだろうねとか、言いたいことや考えたいことはたくさんあった。
けれど、今はこの真っ赤になった顔を隠したくて部屋から逃げ出すように出た。
部屋から出る間際に彩斗兄さんは照れ屋だなあ、なんて言葉を聞いた気がしたが、そういう問題じゃないだろと叫びたくなる衝動を抑え込んだ。
無意識に舐めた唇が甘ったるくて、無性に悔しくなった。

顔を真っ赤にした彩斗兄さんが部屋から出て行ったのを確認して、ため息をついた。さっきの作り笑いは、おかしくなかっただろうか。
ここまでしても彩斗兄さんはきっと俺が兄さんに片想いしているなんて思わないんだろうな、と勝手に自分の行動を思い返して自己嫌悪する。
実の弟に恋愛感情を抱かれているだなんて、あの穏やかで優しい兄は知っているわけがない。
でも、これで彩斗兄さんのファーストキスは俺のものってわけだ。いつか彩斗兄さんが誰かとキスをしてしまう前に一度だけ、ふざけながらでも奪ってしまおうという魂胆はいつからか心のどこかにあった。
どうせ彩斗兄さんは俺のものになんてならないだろうから。それぐらいもらってもいいんじゃないかと、思ってしまった。
できるかどうかの確信なんて無かったけれど、チョコレートを口に運ぶ兄さんの唇を盗み見ているうちに俺の中の自制心が抑えられなくてつい奪ってしまった。チョコレートも、ファーストキスも。
これではいつ抑えが効かずに彩斗兄さんを押し倒してしまうことやら、なんてソファーに体を沈めながらひとりごちる。流石にそれをするだけの勇気は俺にはない。
そんなことをしてしまえば、今度こそ彩斗兄さんは俺のことを避け続けてしまう未来が見えてしまいそうで、出来ないのだ。
先ほどだって何か言いたげにしながらも逃げるように部屋から出て行ってしまっただから。
……怖がらせてしまったんだろうか。今頃になってふつふつと罪悪感が胸を占め始めた。けれどそれを謝るのも何か変な気がした。
叶うはずもないこの恋は不毛だなあ、なんて思いながら、また一つチョコレートをつまんだ。
相変わらずチョコレートは甘ったるくて、さっきの彩斗兄さんの唇の柔らかさを思い出してしまった。

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