私と貴方をつなぐもの/チリ夢

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 ブルーベリー学園にある自分の部屋でリュックの中を漁る。目当てのものはすぐに見つかって、それをリュックから取り出した。
 リーグ部の特別講師として招いたオモダカさんとの勝負に勝った後に手渡された、真っ黒なグローブが室内灯に照らされて鈍く光る。右手の甲にポケモンリーグのマークが刻印されたそれは、四天王の人達だけが着用しているグローブだった。
『……差し上げた意味、じっくりと考えてみてくださいね』
 私にグローブを手渡した時、オモダカさんはそう言った。四天王だけが着用しているグローブを渡された意味と言われても、オモダカさんの真意を測りかねるというのが正直な感想だった。
 オモダカさんはきっと、私のトレーナーとしての腕を高く評価してくれているのだろう。ジムチャレンジをしていた頃からリーグにスカウトとか言われていた気がする。
 褒めてもらえるのはとても嬉しいことだけど、四天王だけが手にしているグローブを手渡されたということは、つまり、そういう事なのだろうか。

「……というわけで、このグローブいただいてしまったんですよね。どうしたら良いと思います?」
「もしかしてそれを話すためにチリちゃんのこと呼んだんか、自分?」
 ブルーベリー学園、リーグ部の部室。特別講師としてパルデアにいるポケモントレーナーを招待出来るようになり、忙しいだろうから無理かもしれないと思いながらもダメ元でお願いしたら、ジムリーダーや学校の先生、四天王だけでなくチャンピオンであるオモダカさんまで招待出来てしまった。今、私の目の前に立つチリさんもまた、特別講師として連絡をして何度か招待させてもらっている。チリさんからの提案でポケモン交換までしてしまった。譲り受けたウパーは珍しい特性を持っていて、どのように育てるか今からとても悩んでいる。
「だって、オモダカさんから四天王の皆さんが身に付けているグローブを渡された、なんて相談するならチリさんが適任かと思って……」
「そうか? まぁ、チリちゃんのこと頼ってくれたのは嬉しいで」
 そう言ってチリさんは笑顔を浮かべてひらひらと手を振った。きっと今頃チリさんの脳内には、チリさん以外の四天王の皆さんの顔が並んでいるに違いない。
 私が相談する相手としてはポピーちゃんはまだ幼いし、アオキさんは暦とした大人だけど身近な存在かと言われたら微妙なところだ。そうなるとアカデミーの先生として身近な存在であるハッサク先生に頼ろうかとも考えたけれど、でも。それでも私はチリさんに頼りたかった。
 チリさんからエリアゼロでの一件について口酸っぱく叱られたのは記憶に新しい。あんな風に真剣に、自分の親以外の大人から怒られるのはいつぶりだろう。今までも事情を知る人達から心配される事も多かったけれど、大抵は私やネモ、ボタンと一緒にエリアゼロへ向かったペパーの境遇への配慮や、エリアゼロで行った事の功績もあってか、本気で咎められるということは無かった。そんな中、特別講師として何度か招いて話している時でもチリさんはエリアゼロでは無理な事をしていなかったかと心配してくれた。こんなにも私の事を案じてくれて、それを伝えてくれたのが嬉しくて。だから、チリさんに頼りたいと思った。
 でも、私はチリさんの個人的な連絡先なんて知らなくて、そこで特別講師の事を思い出したのだ。
「しかしまぁ、トップも勿体ぶった言い方するなぁ……自分、四天王になりたいとかある?」
「ええっ!? うーん……まだ、分からないです。ポケモン勝負は好きですけど、四天王やチャンピオンという立場で勝負をするのはまた違うでしょうし……」
「せやな。パルデアのポケモンリーグはアカデミーと密接な関係があるのもあって、試験としての側面も強いから普通のポケモン勝負とは感覚も違うで。チリちゃんも手持ち分けとるしな」
 ブルーベリー学園でチリさんと再戦した時を思い出す。先発でダグトリオを繰り出してすなあらしを発生させ、最初から自分達のパーティに有利な盤面を作り出したり、じめんタイプへの弱点が付ける水タイプへの対策も以前より強くなっていた。手持ちのポケモンも戦法も、ポケモンリーグで戦った時とは異なっていた。四天王という立場上、普段のポケモン勝負ではどうしてもその辺りは制限されてしまうのだろうか。
「……それに、四天王って四人まででしょう。今の四天王の人達と交代で四天王になる、っていうのも何か、違う気がして……オモダカさんから期待されているのは嬉しいんです。でも、どこまで本気なのか分からないし」
「トップは本気やなかったら手袋渡さへんと思うけどな。四天王になって欲しいんか、それに近しいポストにいて欲しいんかはチリちゃんには分からへんけど、すみれの腕を買ってるのは確かやと思うで」
「そう、ですよね、やっぱり……」
 オモダカさんと付き合いが長いらしいチリさんがそう言い切るのだから、きっとそうなのだろう。オモダカさんから期待されるのは嬉しい。本当だ。チリさんからだって私なら本気を出しても壊れないからいい、なんて言われた事だってあるし、他の人からも期待の言葉を掛けられることが増えた。ポケモントレーナーになる前からすれば信じられない事だ。
「まあ、今すぐ答えを出せとも言われてないんやったら存分に悩んだらええんとちゃう? すみれが四天王になってもならんでも、リーグでチャンピオンランクになっとる事は変わらんしな。アカデミー卒業してからでも遅くはないやろ」
 あくまでも私の判断を優先して考えてくれる言葉に、胸がじんわりと熱くなる。ああ、やっぱり、この人に相談して良かった。きっと私は、他人からこの言葉をかけられるのを待っていたんだ。
「……はい、そうします! もし四天王になったらよろしくお願いしますね」
「ナッハッハ! 元気出たみたいで良かったわ。それに、グローブもトップに返したりせんでええし、着けたいなら着けてええんやない? チリちゃんとお揃いやで」
「えっ、えっ……!」
 お揃い。そう言ってチリさんは両手をポケットから出してポケモンリーグのマークが見えるように手の甲を見せつけてくる。そう言われてしまうと何故かドキドキしてしまって、顔が熱くなってきてしまう。どうしてだろう。チリさんがこういう事を言うのは、特別講師として招いて話す機会が増えてから知ったというのに。
「お? もしかして、チリちゃんとお揃いなの嬉しいんか? 可愛いところあるやん」
 そう言って、チリさんはポケットに手を突っ込んで嬉しそうに笑った。チリさんが言うことも、どこまで本気なのか分からない。ただ、私はきっとお揃いと言われたのが嬉しくて、このグローブを身に付けてしまうんだろうな、と手の中にある黒いグローブを見つめた。
「……チリさん、ポケモン勝負しましょう!」
「お、やるか? ほなかわいがったろか〜」
 なはは、と笑いながらチリさんはスタスタとリーグ部の入り口へと向かって歩き始める。私はチリさんを追いかけながら、手の中にあるグローブをはめながら走り出した。

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