半分は無意識/リドフロ

ネバーランドに連れてっての続き

フロイドとリドルが結婚を決めてから三ヶ月が経った頃。
リドルには最近ずっと気になっていることがあった。
「リドル、それ一口ちょうだい」
「ああ、かまわないけど……」
目の前でかぱりと開かれた口。人間のそれより尖った歯と控えめに差し出された舌が見える。あーん、と言いながらフロイドは食べ物が口の中に入るのを今か今かと待っている。
リドルは自分の昼食であるハムとチーズのサンドイッチをフロイドの口元は運んでやれば、フロイドは一口齧って咀嚼した。
まるで、口の中を見せることを目的としているかのように大きく開かれる口。先ほど見えた、人間のそれより鋭利に尖った歯を思い返して今週はこれで五回目かとリドルはサンドイッチを食べながら考えた。
そう、五度目である。週の半ば、木曜日の時点でこれだ。
大学進学のために本格的に試験勉強を始めたリドルは、以前よりも仕事のシフトを減らしている。故に、今のリドルとフロイドの食事が重なるのは基本的に朝と昼だ。リドルは夜、仕事場で食事を摂る事が殆どだった。
しかし勉強のために仕事のシフトが減っていて、リドルが今週出勤するのは月曜日と木曜日のみ。
つまりは、いつもより多い時間食事を共にする中フロイドは一口ちょうだい、と度々リドルに強請っているのだ。毎食では無いが、時々摘まむチョコレートなどもひとくち、と強請られることが増えた気がする。
こんな事が、なんと既に一ヶ月は続いている。そう、一ヶ月だ。あの飽き性のフロイドが、一ヶ月も続けている。
一週間くらいならば、フロイドの気まぐれだとか理由を付けられなくもない。ただ、リドルがフロイドと同居を始めて三年。今まで一ヶ月もフロイドの気まぐれが続くことは無かった。
つまりこれはフロイドの気まぐれではなく、別のなにかが理由にあるはずだとリドルはそう考える。
そうは思っていても、確信を持てないまま誰かに相談するのもと思い放置し続けていつの間にか一ヶ月が経っていた。
しかも、今週はあからさまに回数が多い。まるで咥内を見せつけているかのような仕草に、少しだけ劣情を抱かないと言えば嘘になる。
けれど違和感を覚えるのも確かで、フロイドのする仕草が歯医者に口の中を見せる様を彷彿とさせる事に気づいたのは一つ目のサンドイッチを食べ終わり、コーヒーをふたくちほど飲んだところだった。
もしかして、虫歯でも出来ているから違和感があって無意識に行っているのかもしれない。
「フロイド、もしかして歯に違和感でもあるのかい」
「歯ぁ?特に無いけど」
「最近よく口を開けていないかい」
「さあ?気のせいじゃないの」
それよりもうひとくちちょうだい。そう言って笑うフロイドはまた口を大きく開けたから、リドルは仕方なくまだ口を付けていない二つ目のサンドイッチをフロイドの口元へ差し出した。

「求愛行動だよ、それ」
「は?」
土曜日の昼下がり。リドルはトレイとカフェで待ち合わせて、話をしながらコーヒーを飲んでいた。二人とも仕事が休みで、今日は少しカフェで話をした後に今マジカメで話題のパティスリーへと足を運ぶ予定であった。
以前電話した時よりも砕けた様子で二人は互いの近況報告をして、くだらない話に花を咲かせていた折。リドルはふと、トレイは歯磨きに詳しかったことと、最近フロイドがしている癖を思い出した。
――最近フロイドが口を開けることが増えたのだが、何か思い当たることは無いだろうか。もしかしたら歯が悪いのかもしれないのだけど。そう問えば、何でもない事のようにトレイは言ってのけた。
求愛行動。動物が異性を引き付けるためにする行動のこと。そこまで考えて、リドルは疑問を口に出した。
「……何故、求愛行動を?」
「プロポーズしたんだろ?フロイドなりの返事なのかもしれないぞ。
ウツボは求愛する時に口を大きく開けるらしいから。ジェイドもたまにやるよ」
まあ、フロイドのそれが無意識なのか意識してるのかは知らないけど。含みを持った笑みを浮かべてトレイは揶揄うような口調でリドルに言う。流石にそこまで言われて気付けないほど、リドルは鈍感ではなかった。
どう考えても最近のフロイドの様子はおかしかった。けれど見ている限りは口をよく開けていること以外に目立っておかしい行動はしていない。
それを指摘した時だって何かに勘づいたり、取り乱すようなこともしなかった。
つまりは明確な意図を持って、フロイドからリドルへの求愛行動は行われているのだろう。一ヶ月もずっと。
そう自覚した途端、ぶわりと体温が上がった気がした。
「トレイ、すまない。駅前のパティスリーに行くのは来週でも構わないかな」
「今日のコーヒー代奢ってくれ。受講料だ」
「……分かったよ。もう行く、また連絡するよ」
「はいはい」
リドルは財布を取り出し、コーヒー代と、少し余裕があるくらいのマドルを置いて席を立つ。余分はチップとして受け取ってもらっておこうという魂胆もあるが、今は細かい金額を算出する時間も惜しかった。
今日はリドルもフロイドも休日だ。だから、フロイドは家にいるはず。店員への礼もそこそこにリドルは喫茶店の扉を開けて外へ出た。

鞄から鍵を取り出して、忙しなく音を立てながら鍵を開ける。玄関を開けて中に入れば、フロイドはキッチンで水を飲んでいた。リドル思わず名前を呼ぶ。
「フロイド!」
「あれ、リドルお帰り~。あの先輩と会うんじゃなかったの、忘れ物でもした?」
「忘れ物なんてしていないよ。それよりフロイド、キミという奴は……!」
足音を立てながらフロイドに近づき言い募っているそばから羞恥でじわじわと顔が赤くなっていく。
思えば今まで一ヶ月もの間、何度も求愛されていたのだ。その全てに気付いていなかった事、そしてフロイドが自覚的にそれを行なっていた事を思うと、続く言葉が思いつかなくてぱくぱくと口を開けて言葉を探すほかなかった。
「ん?……あ〜!もしかしてやっと気付いたぁ?遅くね?」
「やっぱり意図してやっていたんだな!?キミは本当に……!」
「そんな怒んないでよ。嫌だった?」
「……嫌じゃないから困るんだ」
フロイドに、好きな人に自身を求められている。それも一度や二度ではなくて、何度も何度も。
一ヶ月も続けて行われるそれに、嬉しさを感じないわけがなかった。
「そっかそっか。じゃあリドル、買い物行こう」
「は?」
「オレさ〜、ケーキ焼きたい気分なんだよね。オーブンレンジ買いに行こ」
急だ。ついさっきまで良い雰囲気だった気がするのに、もしかして自分の気のせいだったのか。リドルが混乱しきっていて、フロイドに手を引かれても動こうとしない事にフロイドが渋って顔を覗き込んだ。
「だからさあ、リドルのだ〜いすきなオレが、リドルのだ〜いすきなイチゴタルト作ってあげるって言ってんのぉ」
語尾にハートマークでも付きそうなほど媚びが含まれた言い方をされリドルはかっと顔が熱くなり、思わずフロイドにユニーク魔法を使っていた。
「オフウィズユアヘッド!」
「おわ!可愛くねえ照れ隠し!」
フロイドの唐突な物言いに腹が立つ。計画性の無い出費だってどうかと思う。
なのにそれが自分の為なのだと言われてしまえば、断る言葉がうまく見つからなくて堪らずユニーク魔法を使ってしまった。
「もー、なんなのリドル」
「……うるさいな」
「嬉しいくせに。あは、リドルマジでおもしれ〜」
顔真っ赤じゃん、と頬を指で突かれて、思わず口を尖らせてしゃがみ込む。真っ赤になっているらしい顔を見られたくない。
ここ最近、フロイドに調子を崩されてばかりで、リドルは全くと言っていいほど面白くなかった。
「ほら立って〜、一緒にオーブンレンジ買いに行こ」
「……はぁ、仕方ないね」
カレッジにいた頃、フロイドが焼いたらしい焼き菓子は何度かモストロ・ラウンジを介して食べたことがあったけれどケーキは食べたことがなかった。
果たしてフロイドの作ってくれるケーキがリドルの口に合うのかどうかは分からなかったが、リドルはフロイドの気まぐれに付き合うことにした。
廊下の電気を消して、靴を履いて外に出る。昼下がりの午後は穏やかな晴れ間が広がっていた。
フロイドが大きく口を開けて叫ぶ。
「リドル!愛してる!」
玄関先で愛の言葉を叫んで、ご近所に聞かれていたらどうするのだろう。それとも求愛行動をしていたことに気付かれたから開き直ったのだろうか。
フロイドに手を引かれながら駅に向かって走り出したリドルには、そんな事は些事でしかなく。
走りながらボクも愛してる、と声を張れば、フロイドが楽しそうに笑う声が響いた。

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