ジェラシー・パーティー/リドフロ

庭の薔薇は赤く、テーブルクロスは白く。
ハーツラビュル寮の敷地内にある薔薇の迷宮でも奥まった場所に、控えめにセッティングされたテーブルと、席に着いた人影があった。
ハーツラビュル寮の寮長であるリドル・ローズハートと、オクタヴィネル寮の寮生であるフロイド・リーチが双方自分の寮服に身を包み、顔に笑みを浮かべながら互いを見つめていた。
テーブルの上に置かれていた砂時計の砂が落ちきり、三分の時間を知らせる。リドルはティーポットを手に取り、温めておいたティーカップに紅茶を注ぐ。その紅色に満足してリドルは笑みを浮かべる。きりりと吊り上がったリドルの目元を、赤いアイシャドウが華麗に彩っていた。
紅茶が注がれたティーカップはフロイドの前に置かれ、スラックスに包まれた長い脚を組んで座るフロイドはカップを一瞥する。
ハーツラビュル寮の敷地内で開かれるティーパーティーで使う食器にしては珍しく、フロイドの目の前に置かれたカップには貝殻や海豚など、デザインに海の意匠が施されていた。誰が使うのか分かっている事を前提に選ばれた茶器に、悪い気はしなかった。
紅茶を淹れ終わったリドルは、背もたれがハートの形になっているのが印象的な椅子に腰掛ける。そのままフロイドに挑発的な目線を向け、目線を受けたフロイドはにたりと口角を上げる。
目の前の女王様は、ホールケーキのワンピース目を特に気に入りにしている。
机の上には控えめな大きさで作られているホールケーキと、上品な焦げ目が付いた焼き菓子に色とりどりのマカロンが並んでいた。
リドルが席に着いたということは、お菓子を選びリドルへと出すのはフロイドの役目であるという事だ。
目の前の女王様が所望するものを当てるのは簡単だった。彼が好きな食べ物がイチゴのタルトである事は、フロイドの片割れであるジェイドが調べ上げた全校生徒の個人情報を戯れに眺めていた時に見ていたから知っている。
そしてリドルも、フロイドがそんな事は既に知っていることが分かっているのだろう、相変わらず挑発的な笑みを浮かべたままにお菓子がサーブされるのを待っている。
イチゴのタルトをワンピース乗せて、水色と紫色のマカロンを皿の上に乗せたあとに女王様の目の前に置く。
ちらりと机上のケーキを見つめて、ふ、とリドルは口元を緩めた。
「よろしい」
どうやらリドルはフロイドの選択をお気に召したらしい。指でマカロンを掴んで、小さく口を開けて齧り付いた。マカロンに控えめに付けられた咀嚼の跡に、何故だか興奮を覚えた。
「うん、流石モストロ・ラウンジでも人気を誇るマカロンなだけはある。トレイの作ったものと同じくらいか、それ以上に美味しいね」
「お口にあってなにより。それ、アズールの実家にも商品卸してるパティスリーの系列店のだからね〜。センパイのマカロンがどんな味なのかオレは知らないけど」
上機嫌にマカロンを食べて紅茶を飲むリドルを眺めながら、フロイドはマドレーヌを手に取った。
バターを効かせてコクのある味わいが印象的なマドレーヌと、ナッツを練り込み更にショートニングを使うことで軽やかな食感に仕上げたクッキーは、フロイドのお手製である。
フロイドはマドレーヌを二口で平らげて紅茶で流し込み、ごくりと飲み込んでから席を立ってイチゴのタルトを皿に乗せた。
目の前にあるイチゴのタルトは、ハーツラビュル寮の副寮長であるトレイ・クローバーの作だろう。イチゴに塗られたナパージュが艶やかに光っている。
「どうかなフロイド、ハーツラビュル流のアフタヌーンティーの楽しみ方は」
「アフタヌーンティーって言うんならもっと軽食も出してほしいかなー、サンドイッチとか。甘いのばっかじゃん」
「キミが用意してくれた食事だって全て甘いものじゃないか」
「……ま、悪い気はしねーけど」
紅茶美味しいし、と言ってフロイドはティーカップに注がれていた紅茶を飲み干す。
「おかわりは?」
「もらう」
カツ、とヒールを鳴らしながらリドルが立ち上がり、ティーポットから紅茶を注いだ。
寮長であるリドルは、常日頃気が向いた時に開かれるなんでもない日のパーティーで自らサーブする事は皆無と言っても良い。
下級生の他、トレイやケイトをはじめとした上級生がサーブしてくれる事が殆どであった。
寮服に身を包んだ今、リドルはハーツラビュルの寮長であり、女王であり、王である。その人間が手ずから紅茶を注ぐ事がどれだけの意味を持つのか、フロイドには分からなかった。
「……おや?」
「どうしたの」
「いいや、キミの後ろにある薔薇の木。一部だけ赤く塗られていない」
「え?薔薇の木?」
ティーカップをソーサーに戻し、フロイドは背後を振り返る。そこには植え込みの合間を縫うように薔薇の木が植えられていた。
薔薇はどれも赤く咲き誇っていたが、一輪だけ白薔薇が咲いている。
「そういえばフロイド。キミにはうちの一年がお世話になったようだね」
「え?何の話してんの」
「エースとデュースがね。いつだったか、キミから色変えの魔法を教わったと言っていたんだ」
「あー……、あぁ。カニちゃんとサバちゃん。あの時は薔薇じゃなくてりんごだったけどね」
あれは、フロイドがひどく気分が落ち込んでいた時だっただろうか。実験着を身に纏ったまま、もやもやした気分を持て余して中庭を歩いていたら色変えの魔法を練習しているエースとデュースに遭遇した。
二人は魔法のコントロールを利かせる事が出来ずにフロイドへと色変えの魔法を発動させてしまった。その後、カラフルな自分が面白いとフロイドは上機嫌になり、良い気分のまま二人へ魔法のコツを教えた事は覚えている。
色変えの魔法は初歩中の初歩であり、一年生でも上手く使いこなしていけば薔薇の迷路にある薔薇の色を変える事など造作も無かった。
「キミが魔法を教えるなんて珍しいね。どういう風の吹き回しかな」
「ん〜……そういう気分だったからじゃね
?」
「へえ。……なら、そうだね。ボクも今、薔薇が赤くないとどうしても納得できない気分なんだ。キミが赤く塗ってくれるかい」
口元に手を添えて、リドルは優雅に笑いながらフロイドに命令する。
フロイドはと言えば、リドルが小さな嫉妬をしていることを感じ取り鼻で笑った。
「やだね。オレは今お客様なんじゃねぇの」
「まさか、ボクの言う事が聞けないのかい。返事ははい寮長しか認めない……、と言いたいところだけれど、キミはオクタヴィネルの寮生だったね。そういえば」
リドルの目線はフロイドよりも少し上を向いて、フロイドが被っている寮服の帽子を見ているようだった。
寮服をきちんと着こなしてお茶会をしたいと言い始めたのは、目の前にいるハーツラビュル寮の寮長であると言うのに。正確にはそこまで言われてはいないが、寮服を着て来るよう指定されたと言うことはそういう事なのだろう、とフロイドは解釈していた。
些細な事で嫉妬の炎を燃やして挑発するような事を言ってくる男が可愛らしく見えて、フロイドはマジカルペンを手に持って魔力を流し込む。
「はいはい、寮長〜」
背後にある薔薇に目も向けずに赤色に変えてみせる。これで目の前の男の妬けた感情が収まり満足出来るのであれば、今は少しだけなら彼の命令に従ってやっても良いと思ったからだ。
「……返事は一回で良いのだけれどね。あと、語尾を間延びさせないことだ。だらしがなく聞こえてしまうよ」
「今更じゃねえ?」
普段から寮服や制服を着崩しているフロイドとしては、何を言われようと些末な事でしか無かった。
満足そうに口元を緩めたリドルの手がマドレーヌとクッキーを皿の上にいくつか取り分け、席に着いてから食べ始める。
フロイドも同様にイチゴタルトを自身の皿に乗せて席に着く。フォークで一口大に切り分ければ、フォークに形を崩されたイチゴから果汁が飛んだ。
露骨にフロイドの作ったお菓子を食べるのを避けていたのは、嫉妬心を燃やしたからなのだと思い当たれば目の前の男が可愛らしくて仕方がなくて、お高く止まっている女王を引き摺り下ろしたみたいで気分が良かった。
「クッキー、美味しい?」
「ああ」
自分の手で作ったお菓子を食べて表情を緩める様が、どうにも彼を支配しているようでたまらなかった。
「オレ、お茶会も悪くないなって思ったの初めてかも」
「ふぅん、珍しいね」
ただ大人しく座ってお上品に食事をするのなんてつまらないと思っていたが、相手の機嫌を掌の上で転がすのはとても楽しかった。かつて参加したつまらないパーティーでも似たような事が行われていたのなら、絶対面白かったに違いなかっただろうに。
「今度はオレがイチゴタルト作ってあげるね」
フォークでイチゴを潰しながらリドルの目を見れば、愉快そうにリドルの口角が上がった。

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