eat away/リドフロ

いつも通りの学校、いつも通りの休憩時間。目立った行事が無い時のナイトレイブンカレッジでは大きな騒動が起きることは無いが、だからと言って小さな騒動が起きないというわけでは無い。
しかしその小さな騒動も、ほとんどは可愛らしいものが多く一年生が色変え魔法を暴発させその場に居る全員が頭からショッキングピンクを被ったり、飛行術で箒が言う事を聞かず慌てた生徒を教師が片手で捕まえたり。そんなことは日常茶飯事であった。
席に座っているジェイドの頭に顎を乗せながら、今日は楽しいことないかなぁなどと考えながらフロイドは二年E組の中をぐるりと見渡す。
遠巻きにこちらを見ている生徒と目が合えば、目を逸らせないまま後ろに下がっていくのがエビのようで面白かった。
その様子に、子エビちゃんと呼んでいるオンボロ寮の監督生を思い出す。見ていて飽きないから、オンボロ寮の監督生をフロイドは気に入っていた。また見かけたら声をかけてもいいかもしれない。
フロイドが気に入っていると言えば、今はリドル・ローズハートが特にお気に入りだった。
自分と同じ学年、ジェイドと同じクラスで、ハーツラビュル寮の寮長をしていながら学年主席として成績が優秀な優等生。
筋肉はある方ではなく、体格は華奢で瞳が大きい幼さが強く残る顔立ちをしている。
そしてなにより、フロイドより身長がとても小さい。そのことで揶揄えばすぐに顔を真っ赤にして怒り、お得意のユニーク魔法でこちらの魔法を制限してくる。
ハートの女王の厳格な精神に基づくハーツラビュル寮において寮長として勤勉に、苛烈に振る舞うリドルは見ていて本当に飽きないから、見かけたらすぐに声をかけて絡みに行くがこの頃のフロイドの常であったのだが。
なのに今は、リドルの姿が教室内に見当たらなくて、フロイドは口を尖らせた。
「ねージェイド、金魚ちゃん知らない?」
「先ほどトレイさんに呼ばれて廊下に行っていたのは見ましたよ。大方、今日のパーティーについて話しているのでしょうね」
リドルの事を揶揄おうと思ったのに姿が見えず、手持ち無沙汰になってしまったフロイドは胸元に差したマジカルペンを手に取り、くるくると回して遊ぶ。
そうか、自分がこのクラスに来る前に、あの先輩はリドルと話をしに来たのか。ペンを取り落とさないようにくるくると回していれば、ジェイドにすごいですね、と褒められた。
「今日もお茶会すんの?一昨日もしてなかったっけ、飽きないねあそこの寮も」
「今日はいつもより豪華らしいですよ?なんと言っても、リドルさんの誕生日パーティーだそうですから」
「金魚ちゃん誕生日なの」
「ええ。知らなかったんですか?」
「知らね〜……、ふぁ、ねみ」
フロイドは大きく口を開けて欠伸をする。
ジェイドに口を閉じなさい、はしたないですよと言われたけれど気にしなかった。
「フロイド。もう予鈴が鳴りますよ」
「んー、気分じゃ無いし……ねみーしサボる」
「おやおや、またトレイン先生に怒られても知りませんよ」
もうすぐ予鈴が鳴るからなのか、廊下に出ていた生徒たちが慌てて教室に戻ってくるのがまるで小魚の群れを見ている様で、フロイドはため息を吐きながら廊下に出る。
そうすれば、反対の扉から赤い頭が教室に入って行くのが見えた。
フロイドは自分のクラスの前を通りすぎ、廊下を抜けて階段を降りる。
きっとリドルはフロイドが教室から出ていく姿を見ていないし、そもそも自分のクラスにフロイドが来ていた事に気付いていないかもしれない。そう思うと何故か気分が沈んでいく。
フロイドが目指すのは中庭にある林檎の木の下である。以前、気が向いた時にエースとデュースに色変え魔法のコツを教えてあげた場所だった。
あの時も今みたいに機嫌があまり良くなかった気がするけれど、もう細かい事は忘れてしまった。
あの二人はよく問題を起こしたり巻き込まれたりしているからリドルの悩みの種になっていて、彼ら二人が揃うとリドルがすぐに顔を真っ赤にするので見ていて面白い。
林檎の木の下、どさりと音を立てながら寝そべる。今はベンチに座ったり寝転がるような気分じゃなかった。
少し離れたところで本鈴が鳴る。授業が始まるのだろう。
休憩時間は騒がしかった喧騒も落ち着き、ここは風が芝生を撫で、木の葉を揺らす音しか聞こえない。
どこかで鳥が鳴いていて、麗らかな陽気に包まれながらフロイドは空を見上げる。
金魚ちゃん、誕生日だったのかあ。
ジェイドのように学生達の情報を集めたわけでもない。他人の誕生日なんてそもそも興味が無いから、積極的に知ろうとは思わない。
誕生日なんて情報はリドルを揶揄いに行く話題としては使えるだろう。開かれるらしい誕生日パーティーに乗り込んでいくとか、道すがら声をかける時にも使える。
けれど今日は、フロイドの気分が全く乗らなかった。気分が悪い。何もする気力が起きない。
どうせこのままここで寝ていようが、リドルはここを通らないだろうし。
寮同士を結ぶ鏡舎はここを通らなくても行けるし、おそらく授業が終わったリドルは教室から寮へと向かうために鏡舎へ直行するだろうから。
「つまんねーの……」
身体が重い。このまま昼寝でもしてしまおうか。惚けながら眺めた空で見えたものは、風に流れてゆっくりと形を変えていく雲だった。
その雲の形がまるで金魚のように見えたから、いよいよフロイドは目を瞑った。

午前の授業が終わる鐘が鳴り、バルガスが解散と声を張り上げたのを聞いて、リドルは詰めていた息を吐く。
午前最後の授業は、体力育成の実技テストだった。普段通りに行えば合格を貰えるはずではあったが、それでもテストというものには万全を期して挑むもの、というのがリドルの考えだった。
もちろん結果はA判定で、当然だろうという気持ちと、良かったと安堵する気持ちがないまぜになる。
箒を手に持ち制服に着替えるために更衣室へ向かって歩きだせば、視界にフロイドが入ってきた。
というか、こちらへ走ってきている。嫌な予感がして、リドルが逃げようとするよりも早くフロイドはリドルのことを羽交い絞めにして捕まえてきた。
「金魚ちゃんつーかまえた!」
「急に何なんだキミは!離せ!」
「オレ今めっちゃ海行きたいんだよね、一緒に行こう!」
「は!?ちょっと待ちたまえ、何を……!」
持っていた箒を奪い、リドルのことを抱きかかえたままフロイドは箒にまたがる。
そのままぐんと上昇してしまい、リドルのユニーク魔法を使ってフロイドの魔法を止めさせても確実に下に落ちた時に怪我をしてしまう。リドルはユニーク魔法を使うタイミングを見失ってしまい、気付けば飛ぶスピードが上がっていてあっという間に学園から遠ざかってしまった。
リドルを落とさないようにするためか、覆いかぶさるようにしてリドルを抱え直してフロイドはまたスピードを上げる。
あんまりスピードを上げると危ないからとリドルが魔法を使ってスピードを緩めれば、勝手に操んないでよと文句を言われ、リドルもフロイドに言い返す。
「そんなにスピードを上げたら話も出来ないだろう!それより、突然キミは何を考えているんだい!」
「だってさあ、金魚ちゃんこの前誕生日だったんでしょ?
オレさ、前にすっごい並んでイチゴのタルト買ったの思い出したんだよね。金魚ちゃんっていつもあんなにケーキ食べてんだから好きでしょ?
海見て、その後一緒にケーキ食べに行こうよ」
今日は平日だから、そんなに並ばなくても食べれるんじゃない。フロイドがそう言えば、リドルは困惑しきってしまう。
いつもあんなに揶揄ってくるフロイドが、授業のある日にも関わらず連れ出してきた。褒められるべきことでは無いけど、フロイドだったらやりかねないとは思う。
けれど、リドルが誕生日だったからと言ってケーキを食べに行こう、なんてそんな殊勝な誘いをしてくるだろうか?
「あれ、嬉しくないの?じゃあ海だけ行って帰ろっか」
「…………嫌だ。食べたい」
授業をサボるなんて、いけないことだ。少なくとも、リドルは自発的に行おうとはとてもじゃないが考えない。
授業についていけなくなったら?今回の授業に出なかったことで、次のテストに響くようなことになってしまったら?
そう思うのに、フロイドに連れ出されたから授業に出られなかったと言ってしまえば、それならば仕方ないと思えるのが不思議だった。
そんな風に思うと、ケーキを食べずに帰るのはもったいない気がして。
少し悩んだ末に結局食べたいと言ってしまった。
「あ、海見えてきたよ」
楽しそうに、海綺麗だねなんて言ってフロイドは笑っている。海を見て喜ぶなんて子供みたいだと思う。ただでさえ気ままに振舞う様に稚さを感じているというのに。
海に行こうとフロイドが言い出したのに海にはそれ以上近寄ろうとせず、二人は空中で同じ高度で漂い続けている。
黙って海を眺めているだろうフロイドへ向けて近くで見なくていいのかとリドルが問えば、いいかなあとフロイドは言った。
「見れたしいいや。入るのは今度でもいいし、ケーキ屋さん行こっか」
そう言って笑うフロイドを見て、リドルは呆れたようにため息を吐く。
きっと今から戻っても、昼からの授業には間に合わない。フロイドに攫われたのだとでも言えば、大変だっただろうといろんな人から言われるだろう。
フロイドに攫われたからってリドルが授業をエスケープしたことに変わらないのに、罪悪感が軽くなるような気がするのが少しおかしかった。
「そうだね。人気店なら、あまり遅くなると売り切れてしまう可能性だってある。早く行こう」
そう促せば、フロイドは箒を操ってどこかへと向かい始めた。

嘘でしょ、とフロイドが呟く。人気店と言うのは伊達ではないのだろう、目の前には長蛇の列が出来ていた。
「そういえばあの時朝イチで並ばされたの思い出した。
……オレ、並ぶの絶対にイヤ」
「ボクも流石に、これは」
一体何時間待っていれば、ケーキにたどり着けるのだろう?そう思ってしまうくらいにはケーキ屋の店内から道までたくさんの人が並んでいた。
そもそも、こんなに人がいるのに今から並び始めたところで目当てのケーキが買えるかどうかも怪しかった。
うんうんと悩むフロイドを見て、リドルはぽつりとつぶやく。
「フロイドはケーキとか作れるのかい」
「え?作れるけど」
「じゃあ、フロイドが作ってくれないか、イチゴのタルト。それで手を打とう」
「え、そんなんでいいの」
驚いた様子で言うフロイドに対して、リドルは落ち着き払ってケーキ屋を見つめている。
「それでいいよ。大体、本当にここのケーキが食べたいなら前もって予約でもするさ。ああ、艶出しのナパージュも忘れないように」
そう言うなり、リドルは踵を返して歩きだす。慌ててフロイドが追いかけて、一緒に箒に乗って学園へと向かう。
早く学園に帰って、購買で材料を買わせなければ。フロイドの料理の腕は知らないけれど、いつものように飽きたと言いださなければ大丈夫だろう。
リドルはそんなことを考えながら、行きの時よりもスピードを抑えた速度で飛ぶ帰り道の風の音を聞いていた。

閉店したモストロ・ラウンジ、カウンター席の一番端。
目の前に置かれた、大きさが控えめに作られたワンホールのイチゴのタルト。
艶出しのナパージュもきちんと忘れずに塗られていて、その艶やかさにほう、とため息を吐いた。
「オレも食べるけどいいでしょ?」
「構わないよ」
飲みもの用意してくる、とフロイドが奥へと引っ込んでいくのを一瞥した後、目の前に置かれているイチゴのタルトを眺める。
あの後学校に戻れば、先生から無事だったかと聞かれた。フロイドに連れ去られるリドルの姿を他の生徒が見ていたらしく、先生にその事を伝えたらしい。
フロイドは先生からの叱責の言葉をものともせずに購買へと向かっていった。ため息を吐いてフロイドの文句を零した先生から、教科書のどのページの内容を授業で行ったのかを聞いておいた。板書に関しては、ジェイドにでも言えば融通してくれるかもしれない。
そんなことを考えながら先生と別れたその足で購買に行けば、フロイドがケーキの材料を買っていたのを見てそのまま落ち合う。
本当は、授業に出られなかったから復習して内容を理解しなければいけないのだからゆっくりしている時間など無い。けれど、今は勉強よりもフロイドの作ったケーキを楽しみたい。
ケーキの材料を抱えてモストロ・ラウンジに戻ったフロイドはアズールに交渉して、隅の方でも良いのならケーキ作りに厨房を使っても良いと許可をもらった。今日は、フロイドにラウンジのシフトは入っていないらしい。
フロイドがケーキを作っているのを、リドルは少し離れた場所で椅子に座って眺めていた。真剣に材料を測り、混ぜるフロイドを見ながら、普段からこれだけ真面目ならば良いのに、などと思いながら。
紅茶を手にして奥から戻ってきたフロイドはリドルの隣に腰かける。ティーカップからは紅茶の良い香りが広がった。
「この香り、アールグレイかい」
「あたり~。金魚ちゃんって匂いで紅茶の種類分かるの?」
「分かりやすいものだけね。こういうのはトレイの方が得意なんだ」
「へ〜、あの先輩も結構やるじゃん」
ケーキを切り分けられ、一ピース目をフォークと共に並べられる。一口で食べられる大きさに切り分けて食べれば、イチゴの甘酸っぱさとクリームの甘さが口の中に広がった。
「……うん、おいしいよ」
咀嚼し終わるとリドルはそう言って、もくもくとタルトを食べ進める。
それを見てフロイドもフォークで切り分けようとしたが、タルト生地が固くて上手く切り分けられない。煩わしくなり、指で掴んでタルトに噛り付いた。想像通りの甘さが口いっぱいに広がる。
ちらりとリドルを見ると普段通りの表情のままタルトを食べている。折角タルトを作ったのにお礼の一言だけで終わるなんてつまんないなと思いながら眺めていれば、リドルがタルトを口に含むと密かに口角が上がって、目じりがふんわりと上がるに気付いた。
本当に美味しいと思ってくれてるんだ。そう思うとどうしようもなくむずむずとして、フロイドはがばりとリドルに抱き着いた。
「うわっ、なんだい急に」
「金魚ちゃん、タルト美味しい?」
「美味しいよ」
タルトを食べている間のリドルは終始穏やかだ。そういえば、イチゴのタルトを作って欲しいと言われてからリドルは一回も怒っていなかった。
フロイドが普段絡みに行ってもリドルはこんなに穏やかな笑い方をしない。大抵は顔を真っ赤にして怒っていて、でもそれを見るのが楽しくてしょうがなくて。
常にないリドルの様子を見て、フロイドはぎゅうと心臓を絞められるような心地になる。リドルに抱き着いているのは自分なのに、何でこんなに締め付けられるように胸が苦しいのだろう。
「……そっちにもあるのに、食べたいのかい?」
「え?」
リドルに抱き着いたまま見つめていたら、一口サイズに切り分けたものを口の中に無遠慮に突っ込まれる。どうやら無意識に口が開いていたらしい。
「美味しいだろう」
「何で金魚ちゃんが得意そうにしてんの」
口の中に放り込まれたタルトを咀嚼して飲みこむ。リドルの一口はこんなに小さいのか、と先ほど自分が口いっぱいに含んだタルトの量と比べてしまう。
「あ~あ、金魚ちゃんの誕生日なんて絶対面白いから他にも何かしようと思ってたのに、こんなことしか思いつかなかった」
「そういえば、フロイドはボクの誕生日なんていつ知ったんだい」
「え?当日。ジェイドが教えてくれた」
「無理にケーキを買いに行かなくても、一言言ってくれるぐらいで構わなかったんだけどね……」
それならば、午後の授業をエスケープすることも無かったのに。そんなことをリドルは思ったが、フロイドはリドルの誕生日を知ったのは当日だったのだと言った。
今日はリドルの誕生日からは四日も経っている。なのに今更、フロイドは誕生日を祝ってくれた。
しかも、この口ぶりだとまるでこの四日間、ずっとリドルの事を考えていたのかと思い、リドルは思わず声をあげて笑ってしまった。
「え、何急に笑ってんの」
「いや、ふふ、キミがそんなに何か一つに固執するのも珍しいと思って」
もっても二日だろうキミ、飽き性なのに。いつものムラっ気はどうしたんだい。
そうリドルに言われて、フロイドは気付く。そういえばここ数日はリドルのことばかり考えていた。
でもそれはどうすればリドルが面白い反応をするか考えていたからで、深い意味なんて無いのに。
さっきからずっとリドルがぷるぷると震えながら声を潜めて笑っている。
すぐ横にいるんだから、声を潜めたところで笑われている事をひとつも隠せていない。
「ふ、ふふ……あー笑った、これが一番の誕生日プレゼントだよ」
「ええ~……意味わかんねえ……」
リドルが楽しそうだけど、自分は面白くない。でも、珍しく穏やかに食事を楽しむリドルの姿を見れたからいいか、などと思いながらフロイドは齧りかけのタルトを掴んで齧りついた。

コメント