焦れったい、君との距離/リドフロ

よく晴れた日の放課後。
麗かな日差しに暖められた校舎の中で眠気を誘う六限目の授業が終わり、寮へと向かう者、部活に向かう者が既に通り過ぎた中庭。
整えられた芝生が青々と広がる中庭の隅に設けられたガゼボの中で、読書に更ける赤髪の少年が居た。
少年ーリドル・ローズハートは、まだ二年生でありながらハーツラビュル寮の寮長として常日頃から多忙を極める立場にある。学業に励みながら寮長としての仕事をこなす彼の自由時間は少ない。
放課後は週に何度か行われる馬術部の部活動に出るのが常であったが、今日は厩の修理業者が来ている為に部活動は休みだった。
明日の授業への予習も、リドルであれば就寝するまでに終えられる程度の量であった。
放課後から実に二時間程度。夕食を摂るまでの少しの空き時間が、リドルに時折出来る貴重な自由時間だった。
夕食を摂る時間が決まっているわけではないが、あまり遅い時間に夕食を摂ればそれだけ後々の時間が後ろにずれ込んでしまう。時間にだらしない振る舞う事を好まないリドルは、余程の事が無ければ六時から七時の間には夕食を摂っていた。
時折吹く風が木々を揺らし、日差しが遮られたガゼボの下は少しだけひんやりとしている。放課後の喧騒の音も遠く、設置された位置の関係だろうか、夕方になれば西日が差し込むわけでもない。ゆっくりと読書をするには、絶好の場所であった。
「金魚ちゃん、何してんの〜?」
フロイドがリドルに話しかけるまでは。
ガゼボの中に入り、リドルの横へとフロイドは腰掛ける。
時間としては数分程ではあっただろうが、フロイドが何も言わずにリドルの事をじぃ、と見つめる視線に無視もしきれず、リドルは読んでいるページにスピンを挟んで本を閉じた。
「……何か用かな、フロイド?」
「何読んでんの?小説?」
「医療魔術の論文だよ。この教授の意見は参考になる事が多いから、時間がある時に読む様にしているんだ」
「げ〜、真面目だねぇ」
頬杖を突いてリドルに話しかけるフロイドは、鍵盤を弾く様に机に指を何度も立てて音を立てる。普段なら行儀が悪いと声を荒げるところであるが、フロイドのペースに乗せられてしまうのはリドルの本意ではなかった。
せっかくの貴重な自由時間なのだから、フロイドとのやり取りは穏便に済ませて読書に戻りたい。
「気分屋のキミだって、本を読みたい気分になる事もあるんじゃないのかい」
「んー、あったかもね?今はすげえ昼寝がしたい気分だけど」
「昼寝をするのなら、ここから離れてくれると嬉しいね。気が散るんだ」
「そうだ!金魚ちゃんも昼寝しよ!」
そう言うなりフロイドはリドルの腕を取って立ち上がる。リドルが手に持っていた本が、ぱたんと音を立ててベンチに転がった。
「フロイド!ボクは本の続きが読みたいんだ!」
「金魚ちゃんっていつも真っ赤になるし、もしかして体温も高かったりするの?抱き枕になってよ」
「なっ……!?フロイド!離せ!」
芝生の上を、ブレザーも脱がないままごろりと転がされる。そのままフロイドにホールドするように抱きつかれてしまえば、身長差も相まってリドルは身動きが取れなくなる。
「何なんだこの力は……!って、もう寝てる!?」
実に寝入るまで三十秒も経っていないのではないかと思うくらいのスピードでフロイドは眠りに落ちていた。
フロイドに抱きつかれたまま、する事もなく惚ける。
芝生に寝転がったまま、腕を広げて空を見上げた。薄い雲が点々と広がる中、少しだけ茜色がかった青空が広がる。遠くで鳥の声が聞こえた。
読もうと思っていた本は手が届かない所にあるし、誰かに連絡を取ろうにもスマートフォンは鞄の中だ。
西の空に沈む太陽はずっと眺め続けるには眩しくて、顔を横に向ければフロイドの寝顔が視界に入った。
常ならば気怠げに開かれた瞳や、緩く弧を描く口元が閉じられている。
こうして見ると、フロイドの双子の片割れであるジェイドとの区別が付かない。髪型が対照的になっているのは、お互いの個性を引き立てるためか、それとも鏡合わせのようなお互いを見て安心させるためか。双子の兄弟どころか兄弟などいないリドルには分からなかった。
フロイドの表情が乏しい寝顔は、普段よりも少しだけ大人びて見えた。

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