黄色の薔薇/ハスリパ

※荘園について、衣装変えの仕様等々、捏造設定盛り盛り
※リッパーの頸椎の辺りに黄の印が入っている
以上ご留意くださいませ。

それのきっかけは、ほんの些細な事だったと思う。
他のハンターと話をしている時だとか、協力狩りの時、意図的にサバイバーに攻撃せずに交流を深めたりしている時だとか。
集団の中で生活していたら切り離せない、ありふれた日常風景。
そう、きっかけ自体は本当に大した事では無かったのだろう。

この荘園に呼ばれたものは、自分がゲームに当たっていない時間は基本的に行動の制限は無い。
ゲームに使われていない場所への出入りも自由であり、 現在ゲームが行われていない湖景村の波打ち際を歩くリッパーもまた、今はゲームに当たっていなかった。
今の時間にゲームに呼ばれているハンターは、黄衣の王と写真家であった。互いに別の場所で行われているゲームに参加しており、今頃は各々が持つ武器でサバイバーを追い詰めている事だろう。
ゲームが行われていない湖景村は静かなもので、常ならば騒がしく暗号機の音が響き、逃げ惑うサバイバーの悲鳴や足音や、耳障りではあるが彼らを追い詰める鍵となる甘美な耳鳴りなど、ゲーム中はどのステージに当たろうとも静かである場所などどこにも無かった。
しかし今の湖景村で聞こえる音と言えば浜辺に打ち寄せる波の音と、打ち捨てられた船が潮風を浴びて軋む音ぐらいのものだった。
リッパーは特別一人を好む方では無かったが、荘園の主から与えられているハンターの住まう居館の中で交流のあるハンター達と茶会を行なっている時よりも、静寂に包まれていた方が冷静になれた。
寄せては帰る波を見つめていると、潮の匂いが鼻につく。その匂いが、黄衣の王の匂いに似ている気がして思わず仮面の下で眉間に皴を寄せた。
最近のリッパーの悩みは、その邪神についてである。
彼が協力狩りでの立ち回りについて他のハンターと話をしているのを見れば、何故だか苛立ちが募る。気まぐれにサバイバーと交流をしてきたというのを聞けば、叫びだしたくなるような衝動に駆られる。
何故彼が他人と何かをしていることに対して自分がここまで憤りを感じるのか、リッパーには理解できなかった。
彼に恋をした自分が、彼を愛おしく思う自分がそんな感情に囚われるなどとは考えたことも無かったし、今までこんな不可解な感情に悩まされることなど一度も無かったからである。

「おや、リッパーじゃないか」
静寂の中、波の音に耳を傾けて思考の波に溺れていれば、すぐ近くで甘い蠱惑的な声が聞こえた。
声のする方へ目線を向ければ、角のアクセサリーが特徴的なフードを被ったミステリアスな女性 ― ― 祭司のフィオナ・ジルマンが立っている。
彼女の背後には瞳が特徴的な文様の入った銀色の扉がある。おそらく、岩の後ろからわざわざ扉を使って声を掛けてきたらしい。
「如何しましたか、ミス・ジルマン。こんな所までお一人で?」
「一度、ゲームの時以外でここに来てみたかったからね。ここは、私の求める神に近しい場所でもあるらしいから」
神、という単語を聞いて、リッパーは緩く息を吐く。彼女が信仰しているらしい神とは違うものの、ここの所リッパーの心を乱す原因も、荘園にいるひとりの神であったからだ。
「貴女の信仰する神様と、ここは何か関係がおありで?」
「おや、知らないの?ここはかつて、黄衣の王を信仰していた村だよ」
「……へえ、あの王の」
「私もそうだったらしいって事しか知らないけれど……、リッパー?」
フィオナとの話の腰を折るように、リッパーは歩き始める。手入れされていない草が足に絡みつく感触が、嫌に気分に障った。
「申し訳ありません、ミス・ジルマン。私、とても大切な用事を思い出してしまったので、急いで屋敷に戻らねばならなくなりました。
また後日、ゲームの時間に私と踊ってくださいますか?」
「貴方の相手はしたくないな。どこにいるのか、すぐ分からないんだもの」
「おやおや、これは手厳しい」
「冗談だよ。またどこかのゲームで会いましょう」
そのままフィオナと別れ、リッパーは海の近くにあるゲートをくぐる。このまま道なりに進めば、いつの間にかハンターの集う居館へと辿り着くのだろう。
実際のところ、大切な用事があると言うのは嘘であった。フィオナの口からあの神の名前が出て、思わず凪いでいた心が騒ついて、居ても立っても居られなくなってしまって。あのままでは彼女の前で醜態を晒してしまうのでは無いかと危惧したからだ。

知らなかった。知らなかった。自分は、彼の王のすぐ傍に居るのに。
荘園で彼と話すうちに恋に落ちた。自分の魂に興味を持ったと言われ、黄の印を与えられた。
彼のことを知ったのは、この荘園に来てからだ。つまり、荘園に来る前の彼のことを自分は殆ど知らないのだ。
首筋に入れられた黄の印が熱い気がした。もちろん、きっと気のせいだ。彼の王が近くに居るのならば未だしも、彼はまだゲームの最中のはず。こんなにも、怒りにも似たこの激情を覚えても、王は自分の傍に居なかった。
今の様な感情の昂りを知ったのは初めてだった。売春婦の腹を裂く時でさえ、このような昂りは覚えなかった。
渦巻いていく激情の抑え方を、リッパーは知らなかった。

燻ぶった感情を発散できないまま、リッパーはハンターの面々が住居として使っている居館に辿り着いた。黄衣の王はまだ居館へ戻っていないのを確認し、リッパーは自分に宛てがわれている部屋へ向かう。
未だ昂ぶった感情は治らず、寧ろ燃え上がるように激情は増していった。全身が熱を持ったように、ひどく熱い。
自室の扉を開けて、滑り込むように中へ入る。常通り、整頓されている部屋の調度に安堵を覚えながら、ふと姿見に映る自身の姿を見て、リッパーは歩みを止めた。

仮面に覆われた自身の顔が、金色に鈍く光っているではないか。手袋から覗く指も、まるで金属のように輝いている。素肌が見えるはずのスラックスの裾からも、金色の光が漏れていた。
身に覚えのない身体の変化に驚愕する。自分の身に、何が起こっているのか。この荘園では奇妙なことばかり起こるが、このような現象も起こり得るのか。
先程までの激情を忘れてしまうほどの衝撃に、リッパーは暫し立ち尽くす。
おざなりに閉めた扉が背後でゆっくりと開く。扉の先には、リッパーの心を乱していた原因である黄衣の王が立っていた。
「今、戻った」
「……おかえりなさい、黄衣の王」
「うむ。して、リッパーよ。その姿は」
「それが……自分の体の事ながらお恥ずかしいのですが、何故このような姿になったのか、私にも分からないのです」
ちり、と首筋が熱くなった気がした。無意識に手のひらを首筋の、印がある箇所に手を当てる。気休め程度にしかならないが、その方が落ち着く気がした。
「……あぁ、なるほど。リッパー、もしや我が与えた印が疼いてはおらぬか」
「疼きかは分かりませんが、先程から熱を持っているような感覚はします」
「ほう……。おそらく、我が印が馴染んできたのであろう。其方、我が居ない間に何があった。答えよ」
神の不遜な態度に少しだけ、本当に少しだけ反抗心を覚える。しかし、ここで誤魔化したところで彼は納得しないのだろう。
「大した事はしておりませんよ。貴方を見送った後に湖景村で、ミス・ジルマンと少々話をした程度です」
「何を話した?詳しく申せ」
「本当に大した事では」
「申せと言っておる」
「……あの村が、貴方に関係があったと。私の知らない貴方がいる事が、酷く不快だっただけです」
要らないことまで伝えてしまった気がする。黄衣の王はほう、と息をついた後、リッパーの顎を手で掬い取り、フードを近づけた。
「つまり、其方の知らぬ我の存在を自覚し、嫉妬を覚えたと?」
王の声は愉悦に満ちている。まるで、咲かせる事に難儀していた花が開いたように。捕らえるのに難儀していた獲物を箱の中に捕らえたように。
自分は嫉妬したのだろうか。己の知らない彼がいることを?先程までの怒りに似た激情こそが、嫉妬だというのか。
「愛い。実に愛いぞ、ジャック。嫉妬から金に染まる其方は、さながら黄色の薔薇よ。我の手中で永遠に咲き誇るが良い」
金に光る手を引かれ、ゆるりと指を絡め取られる。その手つきの、なんと愛おしげな事か!
「……それはそれは。きちんと手入れしていただかないと、咲いていられませんね」
王の手を握り返しながら答えれば、リッパーのそれが満足のいく返答だったのか、王は酷く機嫌が良かった。


黄色の薔薇の花言葉→嫉妬

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