花吐病/清安

※花吐病ネタ、死ネタ

一つの死体を中心にして周りには血のように赤い椿の花びらが敷き詰められている。そのどれもが一度口に含んでから出したかのように唾液に塗れており古い花びらの腐臭と死体の臭いも相まって立ち入りすら躊躇するような空間が出来上がっていた。とてもこの世のものと思えないそれらをひと振りの刀剣でありそれに宿る付喪神の加州清光が見つめていた。

花吐き病。ある時代から爆発的に流行してから現在までこれといった治療法が見つかっていない奇妙な難病である。病気の発症の原因は諸説あるが片思いをしている人間がいてなおその恋が叶う見込みが無さそうな時に発症するのではないかという説が一番世間に広まっている発症例だろうか。言葉の通りに花を吐く病気でその吐いた花びらに触れてしまえば瞬く間に病に感染してしまう。そんな病の唯一の治療法は両想いとなり恋愛が成就することである。
病気で死んだ眼前のそれは一体「何人目」だろうか。死体の正体は加州清光と同じくひと振りの刀剣の大和守安定だ。今の加州清光が見てきた大和守安定はそのどれもが花吐き病にかかり想いを成就させられずに死んでいった。この大和守安定も鍛刀で生まれたものなのか出陣している時に出会ったものなのかすら区別がつかない。数についても十を超えたあたりから数えることをやめてしまった。加州清光は大和守安定を嫌ってはいなかったがけして愛してはいなかった。加州清光は大和守安定の事が好きだった。けれど彼が愛するのは彼の主その人であって大和守安定では決して無かった。一人目の大和守安定が発病したのが随分遠いことのように思える。あの時は本当に恐怖を覚えたものだった。今まで良き仲間であり友人であり好敵手だと思っていた刀が心中を吐露しながら花びらを吐いたのだから誰でも恐怖を覚えるものかもしれない。しかしその時に加州清光が恐怖を覚えたのはそれだけではなかった。主のことも愛していたが大和守安定に関しては「好き」であったのだ。しかし加州清光は好意を持っていたのと同時に恐怖も持ち合わせていた。誰しも自分が好ましく思っている人物がいなくなってしまうことには恐怖を抱いているものだ。加州清光の場合は大和守安定と付喪神ではなくただの刀剣であった以前の主である沖田総司とが重なって見えてしまっていつ失ってしまうのかと常に恐怖していた。それはふとした時に現れては加州清光を悩ませていた。こんな不安定な感情を持て余すくらいなら大和守安定が好きだという事実をなくしてしまえばいいと思っていた矢先に大和守安定が花びらを吐いたのだった。とうとう加州清光から大和守安定に愛の言葉がささやかれることはなかった。

さくさくと音を立てながら枯れてしまった花びらを踏みつけて死体に近づく。
ばかだなぁ、俺のことを愛そうとするばっかりに、こんなになっちゃって。
さらりと死体の前髪をかきわけてよく顔が見えるようにした。決してその手が口から溢れた花びらに触れないように。死体は苦渋の表情のまま目を開けることはない。
俺もそっちに行ってもいいかな。…いいよね、お前はこんなにも俺に好意を示してくれていたんだもんね。
立ち上がり死体の顔のすぐ横に落ちている花びらを鬱陶しげに膝で横に寄せれば花びらで隠れていた畳が姿を現した。畳はすでに腐り始めていてすぐにでも取り替えねばならないだろう。剥き出しになった畳に手をついて空いた手で頬を撫ぜた。
待っててね、安定。
加州清光は花びらを巻き込みながら死体に口づけをした。表面的なものでは飽き足らずに死体の口の中まで貪っていく。愛しい死体。愛しい愛しい大和守安定のなれの果て。

どの位一方的な口づけをしていただろうか。言葉にできない不快感が加州清光を襲った。おそらくは吐き気であるはずなのだが形容し難いそれは今まで加州清光が味わったことのない感覚だった。胸をきゅうと締め付けられるような切なさとこみ上げる吐き気による不快感。嗚呼これが何人もの大和守安定を苦しめた感覚なのか。そう自覚すると同時に耐えきれずにこみ上げるものを口から吐き出した。何度も何度も嗚咽が止まらずに吐き続ける。花びらだけではなく時たま萼から首を落としたような花も出てきた。腹には何も溜まっていない筈なのに!涙は止まらずに咳き込みながら花びらを吐き続ける。これが愛したいという感覚。愛しい人を愛しているという感覚。こみ上げる不快感諸々全てが苦しみを覚える筈なのに心を満たすのは至高の喜びであった。顔面を涙や涎で汚しながらも加州清光は死体に口づけるのをやめない。死体に花びらを分け与えるかのように。今まで愛を囁かなかったことへのせめてもの罪滅ぼしのように。やがて花びらが加州清光を覆うかのような量になった頃にあっけなく加州清光は死んでしまった。花びらが喉に詰まって窒息してしまったのかもしれない。折り重なった死体は二つともそれはそれは幸せそうな笑みを浮かべて死んでいた。

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