※3ED後、4よりは前
あの日から何度か夢を見る。
機械越しに聞こえる生真面目そうな声と、ピピ、ピピ、と無機質なアラーム音。
早く起きなよと呼びかける声は回数を増すほどに大きくなり、PETから響くアラームの音に負けないくらいの大声が部屋に響き渡る。
びっくりして飛び起きれば、おはよう、熱斗くんと名前を呼ばれた。いつもの朝だ。
あと五分遅ければ遅刻だよと急かされながらパジャマを放り投げて着替え、洗面所で顔を洗い鏡を見ながらバンダナを付けて、食卓に並ぶ朝ごはんを食べて慌ただしく家を出る。
メイルちゃん先に行っちゃったよ、と隣の家に住む幼馴染の名前を出して急かされる。
このままでは本当に遅刻してしまう。ローラーブレードを走らせて通学路を急いだ。
ピピ、ピピ、と無機質な音が部屋に響く。
昨晩かけておいたアラームがPETから鳴る音だ。
まだ動きにくい体を起こして机の上にあるPETのボタンを押してアラームを止める。体はひどく重いのに、目はやけに冴えていた。
PETに表示されている時刻は、七時三分。今からいつも通り着替えて朝ごはんを食べれば、学校に遅刻する事はまず無いだろう。
嫌な夢を見た。ロックマンがPETにいて、朝起こしてくれる夢。
ロックマンがいなくなってから一ヶ月。まだ遅刻はしていない。宿題は一度忘れたけど、アラームをかけて宿題をする時間を決めてからはまだ忘れていない。
階段を降りて洗面所に向かえば、リビングから顔を覗かせた母の声がする。
おはよう、熱斗。早いじゃない、朝ごはんもう少しで出来るからね。
はーい、と間延びした返事をして、冷水で顔を洗った。
PETから聞き慣れた声がしないだけで、こんなにも胸が苦しい。そんな気持ちを全部水に流したくて、たまらず口の中に水を含み、勢いをつけて吐き出した。パジャマに水が飛んで気持ちが悪い。
PETからメールが届いた通知音が鳴る。
いつもならメールだよと声をかけてくれるあの生真面目そうな声が、今はひどく恋しかった。
「……と……ん、……とくん、熱斗くん!」
「……んあ?」
「まだ宿題終わってないよ!目を離すとすぐこれなんだから……」
なんでロックマンが俺のPETに居るんだ?
今言うべきではない言葉をすんでのところで飲み込む。六年生に進級するあの日、ロックマンは俺のもとに帰ってきたのだから。
夢の中で夢を見るなんていう器用なことをしてしまった。そのせいでまだひどく夢うつつで、PETを手に取って呆けながら画面を眺めた。腰に手を当て、いかにも怒っていますと言いたげな表情でこちらを見上げている。
「まだ寝ぼけてるの?宿題終わらなくても知らないよ!」
「起きてる、起きてるよ……ちょっと休憩してたんだよ。お茶取ってくる」
PETを机に置いて立ち上がり、廊下へと出る。
ロックマンがまだ帰ってきていなかった頃、時々ロックマンの声が聞こえたような気がしたり、当たり前にロックマンがいるような夢を見てしまうような事があってその度に無機質な音しかしないPETを確認して、プロトと戦った時のことを思い出して涙が滲んでしまう日もあった。
でももう、自分のPETにロックマンは帰ってきている。ならば、いつまでもくよくよとしているなんて自分らしくもない。
リビングには誰もいなかった。風呂の方で音がしたから、ママはお風呂に入っているのだろう。
冷蔵庫から取り出したお茶をコップに入れて一口飲む。よく冷えた麦茶は寝起きの喉を気持ちよく潤してくれて、そのまま全て飲み干した。
もう一杯お茶を淹れ、自室へと向かう。
部屋に戻ればまた、ロックマンに急かされながら宿題をするのだろう。
いつも通りに。どれだけ強いウイルスを倒そうとも。たとえ電脳世界一の実力者を倒したとしても。ロックマンがPETにいて、怠けてしまう自分を叱ってくれる。
それが、光熱斗にとって普通の日常だ。
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