愛の洪水/ハスエン

 空いた酒瓶が転がるハスクの部屋の中に鎮座されているベッドの上で何度も唇を重ねる。触れるたびに息が荒くなっていくようで、ハスクとするキスは初めてした時から時から慣れる事は出来なかった。いつもドキドキして、余裕なんて一個もない。でもそれは俺だけじゃなくて、ハスクも余裕が無さそうな事が多かったから、俺は密かに安心していたのだ。
「……あ」
「っ、ぁ、どうしたの?」
 何かに気付いたかのようなハスクの声に、荒い吐息を押し殺しもせずに、けれど努めて声を潜めて問いかける。その方が雰囲気が出るから。
「悪い、ちょっとトイレに行ってくる」
「はぁ!? 今からセックスするのにトイレ!?」
 ハスクからの思わぬセリフに潜めていた声を荒げてしまう。甘い雰囲気なんてどこかに飛んで行ってしまった。なんでこう、この子猫ちゃんとのセックスは俺の想像通りにいかないことばかりなのだろう。初夜だってそうだった。
「しょうがねえだろ、酒飲んだからトイレ行きてえんだよ。ちょっと待ってろ」
「あっ」
 そう言ってハスクは立ち上がる。嘘、本当に俺を置いてトイレに行く気だコイツ。何考えているんだ。トイレか。いやさっきまでは俺へのキスでいっぱいいっぱいだったはずなのに、何なんだ。
 一人寂しくベッドに取り残された俺は、扉越しに聞こえる水音を聞かされながらベッドに横たわった。トイレへと続く扉には背を向けてやる。せめてもの意思表示だった。大体、エンジェル・ダストを前にして悠長にトイレに行かれるなんて事は初めてだった。もしこれで飲みすぎて勃たないとか言われたらローション攻めしてやろう。今決めた。
 ローションの買い置きなら俺の部屋にある。なんならハスクの部屋にも持ち込んであるから準備は万端だ。さっき立ち上がった時に見たハスクの股間は盛り上がっていたからすべて杞憂に終わると言うのは理解していながらも、ハスクにローション攻めすることばかり考えていた。ガーゼかシルクも用意した方が良いかもしれない。俺のランジェリーで代用できないかな。でもこのホテルでローションプレイなんてしたら後始末が面倒かも。それならいっそのことバスタブの中でした方が良いんじゃないだろうか。
 そんなことを沸々と考えているうちにじょぼぼぼという間の抜けた水音は聞こえなくなり、代わりに勢いの付いた水音が聞こえてきた。水が流れる音だ。ハスクが戻って来る。
 こんなに感情が振り回されるセックスは、ハスクとするのが初めてかも。初めてセックスに臨むヴァージンのような心境になる。いや、ヴァージンは他の人とのセックスと比較しないからヴァージンの心境とは違うかもな。ドアノブを捻る音が聞こえたかと思えばトイレへと続く扉が無造作に開かれて、ハスクがこちらへ向かってくる。
「拗ねるなよベイビー」
 ベッドに足を乗せたハスクの動作に合わせてベッドが軋む音だけで心がときめく。こんなところときめくところじゃないだろ、どう考えても。恋人とのセックスの直前にトイレ行くような男に!
 ハスクも流石に悪い事をしたという自覚でもあるのか、俺の髪の毛に何度かキスを落とす。そんなので絆されてやるか、と思うのに、俺の口角は意思に反して上がってしまうし、俺に近づいてきたハスクの方に振り向いて背中に腕を回すことはやめられない。
「拗ねてなんかないよ。飲みすぎて勃たないとか言わないでよね」
 先ほど空想だけで描いた可能性を口にする。まさかそんなことにならないとは分かっていながらも、言うのをやめられない。それでもハスクからのキスが嬉しくて、俺からもハスクへとキスをした。
「悪いな、生憎だがギンギンだ」
 そう言って不敵に笑うハスクの下半身へと目を向ければ、確かにそこは盛り上がったままだった。トイレに行って落ち着いただろうに、俺を前にしてまた勃起したんだろうか。この短時間に。
「アハハ! あのハスクがギンギン!」
「しょうがねえだろ」
「アァ~ン♡」
 ギンギン、という単語に思わず笑ってしまえば、ハスクはグルルルと唸り、戯れに首を甘噛みしてくる。柔らかく甘い痛みに大袈裟に喘いでみせて、ハスクの下半身へと手を伸ばした。
「ねえ、これ、俺のせい?」
 下着とズボンに仕舞われたハスクの性器に、恭しいほど丁寧に指先でなぞってみせれば、ハスクの息が分かりやすく乱れる。俺に興奮してくれている、あのハスクが。それも、カメラの前で見せる媚びた俺じゃない、そのままの俺を見て興奮するのだと言うのだから、この地獄ではハスクは相当な物好きだろう。
「この状況でお前以外に興奮するわけないだろ」
「そっか……ふふ、そっか」
 指先だけを何度も往復させて、決定的ではない刺激を与えて焦らす。俺だけ。その事実を口にしてくれたことが嬉しくて、普段は隠している腕も出してハスクの輪郭を、肘を、腰をゆっくりと撫でる。もちろん、性愛の念を込めて。未だに唸っているハスクが愛おしくて、じれったい愛撫もほどほどにしてすべての腕を使って抱きしめてしまう。
「なあ、ベイビー。加減してくれ、動けない」
「お生憎様だけど無理かも。ハスク、大好き」
「俺も好きだよ」
 俺に抱きしめられて身動きが取れないのに触れるだけの口づけをしてくるハスクが愛おしくて、もっと触れられたくて自分からもキスをしながらぎゅうぎゅうに抱きしめていた拘束を解く。こうしたら、ハスクから触れてくれるって分かっているから。
「……エンジェル」
 ベッドインする前に整えられた丸い爪先が肌をゆっくりとなぞる。痛くはないけれど皮膚で直接触れられるより強い刺激に、思わず甘い声が漏れる。ふわふわの胸元をまさぐられ、かりかり、と乳首やその付近をなぞられると、抑えきれない喘ぎ声が口から出てきた。
「っん、あっ……はぁ、んぁっ……」
 ハスクの爪先が俺の胸を刺激するたびに腰が揺れて、それが少し恥ずかしい。刺激には慣れているはずなのに好きな人と一緒にベッドで愛を睦みあっている雰囲気のせいなのか、撮影の時には感じられない官能が体に迸る。
 ハスクの手はゆっくりと下へと移動して、俺の薄い腹を撫でる。その手つきがたまらなくいやらしくて、俺の中を想像しているのか、なんて勝手に考えて、まだ爪先すら挿れられてないのに中がうねった気がした。
「……エンジェル」
 ハスクが荒い息を噛み殺して俺の名前を呼ぶ。その声色に乗せられた感情が、あまりに俺への欲を表していて泣きそうになった。求められている。渇望されている。俺を愛そうとしてくれている。それがあまりに嬉しくて。ハスクの首に腕を回して、俺の動きを敏感に感じ取りたいと言っているかのように立っている耳に口を寄せて囁いた。
「いいよ、触って」
 ごくり、と喉を鳴らす音が聞こえた。ハスクの興奮を直に感じ取って、俺まで喉を鳴らしてしまいそうだ。
 俺がいいよ、と言ったからか、ハスクはゆっくりと俺の腕から逃れてベッドサイドに置かれているローションを手に取る。中身を出して爪先に馴染ませて、俺の穴に塗りこむように淵を何度かなぞった。
「ぁ、あ……はっ、あ、ぁ、んんっ……やぁっ……」
 この動きが焦らされている様で、俺はあんまり好きじゃなかった。ベッドの中のハスクはびっくりするくらい優しく触れてきて、こんな風に触られるのなんて初めて、なんて考えてしまうほどだった。丁寧で、愛情のこもった愛撫を受けるたびに胸がいっぱいになって、気持ちが良くて、日によっては泣いてしまう日もあった。
 もっと強くしてもいいのに。これくらいで壊れちゃうほど、俺は弱くはないのに。でも、ハスクがこうやって触れてくれるのは、俺の事を大事に思ってくれているからで、それが本当に嬉しくて。 ローションに塗れているからか、ぐぷ、とおおよそ上品とは言えない音を立てながらハスクの爪が俺の中へ挿入される。
「んん~~っ……! っ、ぅ……」
 ゆっくりと開かれた身体は爪の一本を挿入されるだけでも気持ちが良くて、その触れ方があまりに優しくて、甘くて、喘ぎ声を抑える事が出来ない。ハスクとするセックスはいつもこうだ。俺がリードしたいのに、俺の身体はハスクとのセックスが滅法効くらしく俺から何かしたいと思った事のほとんどは出来ないままで。
 それでもせめて何かしたい。俺ばっかりじゃなくて、ハスクにも気持ち良くなってほしい。この後俺の中に突っ込んで腰を振って天国見せてあげられるって分かっていても、ここはどうしても譲れないのだ。
「っ、あ、ハスク、ハス、クぅ……」
 ハスクの爪が俺の中をくすぐるように触れるのに悶えながら、一番下の腕でハスクのズボンをずらそうとして、まだ肩に引っかかったままのサスペンダーに邪魔された。もどかしい、と思いながらズボンを引っ張った手でサスペンダーもずらしてズボンを引きずり下ろす。膝までにも届かず落とせなかったズボンを、ハスクが俺の中に挿入している腕とは逆の腕を使って脱いでベッドの下へと放り投げてしまった。
 そうして露になったハスクのペニスに手を伸ばす。猫の悪魔らしく少し棘の付いたペニスの先はすでに濡れていて、そのぬるつきに助けを受けながらハスクのペニスを擦り上げる。
「ッ、おい、エンジェルっ……」
 ハスクは息を詰まらせるようなうめき声を上げて、余裕なんてありませんと白状するように俺の名前を呼んだ。うんうん、やっぱりこうじゃなきゃ、なんて思いながらペニスを握る手を強くして扱き始める。触り始めた時点で既に勃ちあがっていたけれど、より一層芯をもって硬く勃ちあがったのを手で感じ取って思わず舌なめずりをした。
「ッハ、悪い子だな」
「興奮するだろ、んっ、んんっ、うっ」
「ああ、興奮した。今すぐ挿れたいくらいにはな」
 そんなことを言いながら、ハスクの爪はまだ俺の中に埋まったまま。むしろ一本増やされて、中を占める質量が増えて爪が好き勝手するからまた快感が押し寄せて来る。挿れたいって言う癖に、俺の中を慣らす手を止めようとはしない。そんなところも好きだけど、正直に言えば俺だって早く挿れられたくて仕方ない。ハスクをその気にさせたいのに、俺の中を触るハスクの手があんまり優しいから、その快楽に溺れて手が上手く動かせない。
「あ、あっ、気持ちいい、はすく、はすく……! はやくぅ、ほしいっ……!」
 まだ俺の中を愛そうとするハスクの腕に縋る。もう、愛されすぎて辛い。解されて愛された中が、ハスクに埋められたいって疼いて甘イキが止まらない。
「……あぁ、そうだな」
 やっと俺の中から爪を抜いて、コンドームへと手を伸ばす。別に俺はゴムしなくても良いよって言っているのに、後処理が大変だろうといつも付けてくれる。そんな気遣いひとつに、大事にされているのだと実感して涙腺を刺激されてしまう。
 コンドームを着け終わったハスクのペニスが押し当てられて、俺の中はその先を期待して締まったのを感じたし、入り口はひくひくと震えているだろう。それでも期待する気持ちを止めることは出来なかった。
「はぁっ、あっ……! あっ、あぁっ……!」
「っ、は……」
 中にハスクのペニスが入ってくる。埋められる。満たされる。それだけで俺の中は興奮してうねり、いっそ苦しいほどの快楽を味わう。輪郭がぼやけるのが怖くて、必死にハスクにしがみついて息を吸った。飛び切ってないアルコールのと、安物の石鹸の匂いが鼻をくすぐって、俺を抱いているのはハスクなのだと実感する。
「っ、はっ、んぅっ……ハスク、すき、ハスクっ……」
「エンジェル……あぁ、俺もだ……」
 足にハスクの尻尾が回される。ハスクも興奮していることを直に感じ取ってしまい、その感触だけでイきそうになった。
「動くぞ、いいか?」
「いい、いいから、早く、早くっ……」
 動く前に確認を取ってくれるのなんてハスクくらいだ。カメラの前でいつもしているような媚びたセリフなんて何一つ出てこなくて、ただハスクからの愛を渇望している。
 俺の返事を聞いたハスクがゆっくりと腰を動かして、中を突いてくる。その動きは緩慢で、いっそ今すぐ俺から腰を振った方が直接的な快楽は上だろうと分かった。それでも、それでもハスクから与えられるぬるい快楽が心地良くて抜け出せない。身を委ねて快楽を与えられるのが驚くほどに気持ちが良くて、こんなセックスはハスクとするまで知らなかった。
「はっ、っ……エンジェル……好きだ、エンジェル」
「んぅっ、ぅ、っ〜〜……! だめだめだめ、やだぁ、イっ、ちゃぅっ……!」
「イっていい、ほら」
「あぁぁっ!?」
 ハスクが俺のペニスに強弱を付けながら握ってくる。中はゆっくりとした動きをするくせに、ペニスには時折鋭い快楽が走って、ただでさえギリギリだったのに簡単に限界へと追い詰められてしまう。
「だめ、だめっ、イく、イくっ……!」
 体が大きく震え、絶頂に脳が揺らされる。ペニスを刺激されたにも関わらずそちらではなく中でイって、ハスクに突かれるタイミングに合わせて少量の精液が出るのを感じた。
「はは、折角こっち触ったのに中でイったのか? 可愛いな」
「あっ、あぁっ、ぅあっ、はす、はすきぃ、ぁんっ、ああっ」
 言っていることは少し意地悪なのに、複眼の近くに落とされるキスは柔らかくて温かい。俺を一度イかせたからなのか、ハスクの動きは先ほどよりも早くなっている。もう少しでハスクもイくのかな。荒い息が愛おしくて、お腹に力を込めて意図的に中を締め付けた。
「ひっ、んんっ……っ、あっ、っ……」
「っ、おい、そんなに締めるなっ……」
「わざとだよ、気持ちいいだろ? あっ……はぁ、んぅ……」
 お腹に力を入れ続けたいのにハスクから口を塞がれてしまい、舌を絡めているうちに段々と力が抜けてしまう。ハスクのペニスが俺の中を突くのはやめてくれないから軽くイき続けるのも止められない。ざらざらとしたハスクの舌に咥内を舐られる感触に興奮して、近づいていた限界がまた近づいてきた。
「ん、ふん゛ん゛、んん〜〜〜〜っ……!」
 結局俺は耐えられず、ハスクからのキスと中への刺激でイってしまう。気持ちいい。気持ちいい。ハスクとセックスしてる。気持ちいい。しあわせ。
「ぅぁ、イくっ……!」
 ハスクも耐えきれなかったようで、俺とのキスを一旦中断してゴム越しに精液を吐き出した。中でハスクのペニスが震える感触が嬉しくて、また中が収縮した。何回イってんの、俺。気持ち良すぎて涙まで出てきた。折角泣かないようにしてたのに。
「はぁっ、はぁ、はすきぃ、すき、だいすき……」
「……俺もだ、エンジェル。可愛いな」
「ん、ぅっ……」
 汗で幾分かしっとりした手のひらが俺の頬にゆっくりと触れる。その触れ方が優しくて、涙を止めることは出来そうになかった。優しい手は殊更ゆっくりと俺の涙を掬い、何度もキスを落とされて頬を舐められる。
「っ、ふ、ハスク、くすぐったい、はは」
「したいんだ、我慢しろ」
 ハスクの舌は頬から首へと移り、親愛の情を持って舐めてくる。猫だから毛繕いしてくれてんのかな。分かんないけど、好きにさせることにした。毛繕いの隙を見て中からペニスを引き抜かれた。ちょっと寂しい。
 首から顎にかけてのライン、鎖骨から肩にかけて毛繕いをされる。ざりざり、さりさり、と鳴る柔らかな音と感触が心地良くて、もっとこの時間を味わいたいのに瞼が降りてくる。もうちょっと、もっとハスクに触れていたい。
「こねこちゃぁん……も、だめだよ。おれ、ねちゃう……」
「寝ていいさ、後はやっておいてやる」
「やだぁ、もっと、一緒がいい……」
「……本当に可愛いな、お前」
「むぐ」
 歯が触れ合う無遠慮なキスに驚いて眠気が一瞬飛ぶ。驚いて目を開ければ、ハスクは得意そうな顔をしていた。
「起きたか? ベイビー」
「最低なキスのおかげでね」
「そりゃ良かった。起きれるか?」
 俺の手を掴み、起きるように促したハスクに従って体をゆっくりと起こす。ゆっくりと手を引かれて、共に向かうのはバスルームだ。
 ハスクとのセックスの後は、必ず風呂に入る。ハスクは俺が寝ちゃったら体を拭いてくれるけどそれだけじゃ足りない。なんせ、俺は大人気ポルノスターだ。バスソープも含めて、毎日の丁寧なスキンケアは欠かせない。でもハスクの男臭い匂いも好きだから、セックスする前はハスクのバスルームで風呂に入るのが通例だった。自慢の毛並みがゴワゴワになるけど、それすらも愛おしいのだから恋とは恐ろしい。
 ハスクとのセックスの後に自分の部屋に戻るのもなんだか寂しくて、狭いバスルームに俺の愛用しているソープを持ち込んでいる。ハスクが使う一種類のソープの横には、俺が使うやつが大量に並んでいる。なんだか同棲しているみたいで、ちょっと興奮する。
「今日はどれ使おうかな〜」
「この前使ってたヤツがいい。あの匂いは好きだ」
「ふーん、そういうのが好みなの?」
 この後はハスクと一緒にお風呂に入って、ハスクの好みらしいソープで体を洗って、朝まで二人でベッドの中で惰眠を貪るだけ。そんな、セックスの後まで楽しみで、心が密かに弾んだ。

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