ブラインド・ラブ/ハスエン

 少し前から、ハスクと目が合うことが増えた。自分達は負け犬なのだと歌いあった日から、何とは無しにホテルのバーカウンターに座ることが増えた。仕事が終わった後、キメすぎたヤクから逃れるために酒を飲むでもなく、何もかも忘れたくて酒を飲むわけでもなく。ただゆっくりと、今までだと考えられないくらい大人しくしてカウンターで酒を飲み、ハスクやホテルの面々と会話をする。そしてたまに、ハスクを揶揄っては嫌がられたりなんかして。
 ハスクも俺と同じように悪魔のペットにされている事を知った同族意識からなのか、前より増してハスクの傍にいたいと思うようになった。ハスクの前では意識して『エンジェル・ダスト』として振る舞わなくて良いからか、幾分か気分も楽だった。
 決して高級とは言い難い安酒に、響く低いテノールはどこかちぐはぐで、でもそれが面白くて。会話が途切れたら、眼前でボトルごと酒を煽る猫の悪魔を盗み見ながらグラスを傾けていた。
 ボトルから口を離したハスクと目が合う。以前までの俺なら、ハスクと目が合えば揶揄いの言葉を口にしながら蠱惑的な台詞を吐いたことだろう。だけれど今は、黄色い瞳を眺めながらゆっくりと酒で喉を潤している。目を合わせていると、瞳孔が少しずつ細まっていくのが面白いのだ。こんな、穏やかな時間がひどく居心地が良くて、朝なんて来なければ良いと思ってしまう。セックスするのが嫌になったわけじゃないし、ヴァルの顔色を窺いながらスタジオ内に居るのは少しだけ息が詰まるけれど仕事が嫌になった訳じゃない。むしろ、前より仕事に行く時の気分がマシになったくらいだ。それなのに、朝が来なければ良いなんて考えるなんて、どうかしている。
 合っていた目線が逸らされてハスクは新しいボトルを開け始める。それを合図とするように、俺はグラスをカウンターに置く。
「なぁ、このバーはチーズやナッツは置いてないワケ?」
「……あ? ったく、つまみなんか無くても飲めるだろうが」
「塩っけが欲しいんだよ俺は」
 文句を言いながらもカウンターの下をがさごそと漁り、業務用だろう大きなビニールに包まれたミックスナッツが無造作にカウンターの上に置かれた。小綺麗に器に盛ったりなんかしない飾らなさに、思わず吹き出してしまった。流石ボトルから直接酒を飲みまくる男だな、なんて、以前の自分を棚に上げながら考える。出された大袋を適当に開けてナッツを摘んで口に放り込む。アルコールでふやけた舌にナッツの塩気と油分に触れて喜ぶ。この美味しさを共有したくて、ナッツを数粒摘んでハスクにしなだれかかった。
「ね〜え、ハスクも食べよう? 俺の指ごとは食べちゃダメだよ。あっ、それともぉ、俺のことも食べてくれるのかな?」
 ニャ〜オ、とわざとらしく猫のフリをしながらハスクの口にナッツを突っ込む。そうすれば、グルルル、と威嚇しているのか不機嫌なのかハスクは唸りながらナッツを咀嚼し始めた。それが面白くて、俺は演技も忘れてもう一粒、もう一粒、とナッツを手に取って、ハスクの口へと何度も運んだ。途中でキレられるかと思ったのに、俺が自発的にやめるまでハスクは出されるがままにナッツを咀嚼して飲み込んだ。
「なんだ、サービスはもうおしまいか」
「いつまでたっても俺のこと食べてくれないからね。それに、そろそろ酒が恋しくなる頃合いじゃない?」
「ハハ、心でも読んだのか?」
 そう言ってハスクはボトルに口付けて、カウンターにもたれながら安酒を飲み始めた。ナッツを摘んで、ハスクの口の中に突っ込んで舌と挨拶した指ごと咥内に含み、舌を絡めた。フレンチキスすらまだなのに、間接ディープキスはナッツのしょっぱい味がした。

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