祭りの前日/ニゴチゴ

「なあ1号、少し街の方に寄って帰ろうよ」
「何故だ」
「特に理由は無いけど……そうだ、ハロウィンの限定品でも探さない? きっとたくさんあるぞ」
 定時になって仕事が終わり、ボクと1号が暮らす部屋への帰路に着いてすぐに1号へ寄り道の提案をする。ヘド博士の手伝いでハロウィンの限定品を目にする機会は多かったが、限定品を目当てに街を散策する事はしていなかったことに気付いた。ボクや1号には不必要なものが多いけれど、見ているだけでも心が躍るに違いない。お菓子なんかを買って帰っても良さそうだ。
「なぁ1号、いいだろ~なぁ1号~」
「おい、やめろ」
 1号の肩を両手で掴んでがくがくと揺さぶる。今日はあと家に帰って少しだけ減ったエネルギーさえ補給すれば良いだけだから、1号が断る理由なんて無い。ボクらに人間のような食事や規定量の睡眠は必要無いから、仕事を終えた後の自由時間は比較的長いのだ。それに、折角だからハロウィンの装いが広がる街並みを1号と一緒に歩きたい。
「ほら1号、行こう!」
「おい、2号!」
 1号が断らない事くらい分かっている。この後大事な用事でもあれば1号は絶対断るけれど、なんだかんだ言ってボクの頼みを最終的には受け入れてくれるのだ。1号のことが分かっているからこそ、遠慮せずに居られる。1号の手を握って歩き出せば、少しだけ遅れて1号もボクの歩幅に合わせて歩き始めた。
 街をゆっくりと歩いていれば、普段とは違う装いをしている人が多い。魔女やオオカミの仮装をしている人間や、別の種類の動物の被り物をした獣人もいる。みんなハロウィンに浮かれているのだろうか。
「ところで1号はしないの? 仮装とか」
「やらない。必要無いだろう」
 1号と手を繋いだまま、昼間に尋ねた問いをもう一度伝えれば同様の返事が返ってきた。必要無い、とまで言い切られてしまった。
「そりゃあ必要無いかもしれないけど~……」
「じゃあおまえは何かするのか、仮装」
「えっ、ボク?」
 1号が仮装するならどんなのかな、ヴァンパイアとかカッコイイよな、とか考えていたらおまえはどうなんだ、と聞かれた。ボクが仮装かぁ。
「う~ん……そうだな~……ヴァンパイアとかもカッコイイかな、真っ黒なマントを羽織ったりしてさ。付けキバとかもいいよな~……ヘド博士にお願いしたらボクらにもキバ付けてもらえるかな?」
「マントなら今も付けているだろう……。それにヘド博士が用意してくださった格好だ。これが一番格好良い」
「……つまり、そのままのボクが一番カッコイイってコトか!?」
「そうだろう、ヘド博士がそう作ってくださっているのだから。カッコつけるためにわざわざ仮装する意味が無い」
 冗談のつもりでボクが一番カッコイイってコトか!? と言ってみたら同意が返ってきた。1号にカッコイイって思われている! じゃあ、本当に必要無ければ仮装なんてしなくても良いのか?
「なあ1号。ここのビスケット、限定のヤツ出ていたんだな」
 店のショーウィンドウに並んだ食品サンプルに目を向ける。確か、ヘド博士が好んで食べているお菓子のひとつだ。
「あぁ、確かヘド博士が美味しいと褒めていたものだったか。買っていくか?」
「そうしよう! あと、ボクらの分も買おう。味見しておこうよ」
 1号の手を引いてショッピングモールの中へと足を運ぶ。少し歩けば目的の店舗に辿り着いて、限定のビスケットを探す。目玉商品なのか、通路側の目立つ位置に置かれていた。1号も見つけたのか、ビスケットを二つ手に取った。返事は無かったけれど、ボクらの分も買おう、と言ったボクの言葉をきちんと聞いていて、こうして応じてくれた。それが嬉しくて、1号と繋いだままだった手の握る力を思わず強めてしまった。
「わたしたちの分もひとつで構わないか?」
「良いんじゃないか? 半分こしよう」
 ビスケットはひとつの包みに四つほど入っていた。ちょうどキリ良く半分に分けられる。
「……支払いをしてくるから手を離してくれ」
「あ、うん」
 そう言って1号がレジの方へと向かう。離した手のひらを見つめながら入口の近くで待っていれば、1号のブーツが視界に入った。
「行くぞ、2号」
 そう言って、ボクが見つめていた手のひらを1号の方から握ってきた。こうやってすぐ、ボクが喜ぶことをするから、1号はずるい。
「どうかしたか」
「……ううん、何でもない! 早く帰ってビスケット食べよう!」
 そう言って笑えば、1号は少しだけ呆れたような顔をした。何かおかしなことを言っただろうか。その後1号は口元を少しだけ緩めて、「ああ」と答えた。

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