落ちていた意識がふっと持ち上がり始めるのを感じる。ここは一体どこなのだろう。
主要コアが駆動し、全身の機能が起動を始める。おかしい、確かにボクはセルマックスに突撃して、少ししてから意識が完全に途絶えたはずなのに。
「2号……!」
聴覚センサーが聞き馴染みのある声を拾う。我らが創造主である、ヘド博士の声。聞いたことの無い、焦ったような、少し詰まったような声だ。
ふわふわとしていた意識がはっきりとして、目を開ければボクは地面に横たえられているのか、ヘド博士から見下ろされていた。
「2号、2号……!」
ヘド博士が涙を流しながらボクの体を抱き締める。体を起こして周囲を見れば、綺麗な芝生が生えそろった庭に大きな建物。悪の組織カプセルコーポレーションのブルマが潜伏しているとされる、と言われて見せられた資料に載っていた建物が目の前にある。
カプセルコーポレーションは悪の組織なんかじゃなかった。きっとボクが居たレッドリボン軍こそが悪の組織だったんだ。
「ヘド博士……ここは……?」
ずび、と鼻水を啜る音が聞こえて、ヘド博士が「ここはカプセルコーポレーション。おまえはドラゴンボールで生き返ったんだ」と言った。
ああ、やっぱりボク、死んでいたのか。不思議とすんなり納得出来た。あの時、自分の命も顧みずに突撃する事を決意して飛んだし、残ったエネルギーを全て出しながら突撃した時だって、自分の身体の事なんて気にもしていなかった。セルマックスに攻撃を防がれたであろう感触の後、更に力を込めて出力を限界以上に引き上げて、何かを貫いた感触を得た後からは意識がブラックアウトしていて記憶にない。
「おかえり、2号……!」
ヘド博士が再度涙を浮かべてボクを抱き締める。今度こそボクは腕を回してヘド博士を抱きしめ返して、そのまま立ち上がってヘド博士を抱えた。
「ガンマ2号、ただいま復活!」
ヘド博士を腕に抱えて、ポーズを決める。少し離れたところから、女性の呆れたような声が聞こえた。そういえば、1号はどこだろう。ポーズに付き合ってくれたヘド博士にお礼を言いながら下ろして、再度周囲を見回せば、1号は青い布を持って、ボクが居る場所より少し離れた場所に居た。誰よりも先に、この言葉は1号に伝えたかった。
「1号、ただいま!」
「…………おかえり、2号」
たっぷり一秒、間をおいて1号が返事をしてくれた。ぱちぱちと瞬きを繰り返す1号の様子に、どこか違和感を覚えたがせっかくの感動の再会なのだ、茶々を入れる気分にはなれなかった。
「1号、渡したいものがあるんだろ?」
ヘド博士が1号を促せば、1号がびくりと反応する。以前までの1号ならば見せなかった反応に驚愕を隠せない。
「……2号、これを」
「え? これって……もしかして、ボクのマント?」
「ああ。一年間、預かっていた」
「い、一年……!?」
1号の口から出てきた言葉を反芻する。一年。助けを求めるようにヘド博士の方を向けば「あの日から一年経っているんだよ」と言われた。あの日から一年も経っていたというのか。
「これは本来おまえのものだ。だから、おまえに返そうと考えた」
「1号……」
「それ、1号は一年間ずっと首元に着けていたんだぞ」
ヘド博士がそう言えば、1号がたじろいで一歩後ずさる。これもレッドリボン軍に居た頃には見られなかった1号の仕草だ。逃がしたくなくて、思わず1号の腕を掴む。
「……一年もボクのマントを身に着けてくれていたのか?」
そう問えば、1号は気まずそうに目線を泳がせた後「ああ」と返事をした。ボクのマントを、1号は一年間ずっと持っていてくれたというのか。しかも肌身離さず身に着けてまで。
「1号! 1号! 嬉しいよ、ありがとうな!」
「なっ、何故おまえが礼を言うんだ……!?」
「嬉しいからに決まっているだろ! 1号、ずっと傍に居てくれたんだな。なあ1号、マントさ、おまえが付けてくれないか? なあいいだろ?」
「……わかった、後ろを向け」
1号に背を向ければ、1号がマントを付けてくれる。戦闘の余波で擦り切れてところどころ破けているそれはとても綺麗な状態であるとは言えなかったが、決して汚れているわけでも無かった。きっと1号が手入れしてくれていたのだろう。それが、何よりも嬉しい。
「ありがとう、1号!」
「構わない」
「感動の再会は終わったかしら? そろそろ私にも紹介してちょうだいよ、ヘド」
ヘド博士の方へ振り向けば、青い髪をした女性がヘド博士の近くに立っていた。この人、見た事がある。確か、カプセルコーポレーションのブルマ博士だ。
「あぁっ、すみません! ガンマ2号、ボクの最高傑作の人造人間です」
「初めましてブルマ博士! ボクはガンマ2号、スーパーヒーローです!」
ホログラムを起動してポーズを決めれば、ブルマ博士は少しだけきょとんとした後、よろしくねと言って笑いながら握手をしてくれた。
「それで……ドラゴンボールっていう願いを叶えてくれる玉のおかげでボクは生き返って、セルマックスが起動した日から一年が経過しているって事ですか?」
「そういうこと。セルマックスは孫悟飯がとどめを刺したそうだ」
「へえ~、無事倒せたんですね。良かった……」
カプセルコーポレーションの中を案内された後、ヘド博士と1号が住まう家へと帰った。ここがボクの家にもなるらしい。
初めて見る西の都の景色は新鮮で、1号に話しかけては何度か呆れられ、何度かはスルーされてしまった。一年間傍にいれなかったせいか、1号がなんだか以前よりも柔らかい印象になっている気がする。
「2号……すまなかった。レッドリボン軍はどこかおかしいっていうのは分かっていたんだ……だけどボクは、研究費が欲しくて……」
「ヘド博士……」
「今はカプセルコーポレーションで働かせてもらっているんだ。1号も一緒に。おまえさえよければ、ブルマ博士はおまえもガードマンとして雇ってくれるって言っていた。おまえはどうしたい?」
「ボクは……ボクもここで働きたいです。博士や1号と一緒に」
ヘド博士も1号もここで働いていると言うのならば、ボクだけ別の所へ行くのもおかしい話だと思った。
「2号……」
ヘド博士がまた泣き出してしまった。そんなにおかしな返答だっただろうか。1号に目線を向ければ、1号は1号で惚けているようでボクが視線を向けている事に気付いていない。どこか様子のおかしい1号に少しだけ心配になりながら、ヘド博士の事を慰める。
ボクにとってはつい昨日のことのようだけれど、ヘド博士や1号にとっては一年が過ぎているのだ。正直、ボクにはまだ実感が湧いていない。
それでも、ヘド博士が喜んでくれて、1号からも一年身に着けていてくれたというマントを返してもらった。これからは、ヘド博士や1号とも傍に居られる。それが嬉しくて、自然と浮かぶ笑みを噛み殺せなかった。
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