ラブ・モーニング/ニゴチゴ

本日の仕事を終え、ヘド博士の研究室へ向かって歩みを進める。わたしは明日から一週間、ドラゴンボール捜索のために休暇をいただいていた。休む間の業務を他の職員に頼み、ヘド博士の業務の手伝いも既に出来るものに関しては済ませてある。
この休暇のために、従来のエネルギー機構に改造を施した事で電気からもエネルギーを充填できるようになった。レッドリボン軍に居た頃はエネルギー源について心配することはなかったが、カプセルコーポレーションへと移り、今回のような長期的に遠方へ赴く事態を考慮して、以前から改良予定ではあった部分だ。今までのエネルギー効率を落とすことなくエネルギーコアの改造も終わった。流石、超天才のヘド博士の研究だ。
その時にヘド博士からついでに、と追加された機能がある。体内に流れる冷却水を目から流す機能だ。人間でいう眼球に当たる箇所にある液晶の保護が目的ではあるらしいが、感情が昂っても冷却水が流れるらしい。恐らく、今までのわたしたちには無かったもの──涙に相当する機能のはずだ。液晶の保護については分かるが、感情が昂った時に冷却水が流れるというのは無駄な機能ではないかと感じ、この機能は不要ではないかとヘド博士に進言した。するとヘド博士からは、ガンマはもう軍に所属する戦闘用の人造人間としてではなく、より人間らしく生きても良いのだから人間らしい機能を追加して見た、と伝えられた。わたしが不要だと感じたならば、その時に取り外せば良いとも。
「ヘド博士、お疲れ様です」
ノックをした後に声を掛け、ヘド博士の研究室に入り挨拶をすればヘド博士が椅子から立ち上がりこちらへ歩いてくる。
「ああ、お疲れガンマ。いよいよ明日からドラゴンボール探しだな」
「はい。しかし良かったのでしょうか、一週間も休暇をいただいてしまって……」
「あの日からずっと働き詰めだったし、良い気分転換になるんじゃないか? 折角だし、ドラゴンボール集めが終わっても時間に余裕があったら観光して帰ってくると良いよ」
「そ、そんなことは……! ドラゴンボールを集め終わり次第、速やかに戻ります」
ヘド博士の提案に慌ててそう答えれば、ヘド博士は不満そうな声を上げて面白くないと言いたげな表情をする。そしてすぐに何かを思いついたような顔をして、くるりと後ろを向いた。
「それじゃあ、こういうのはどうだ? ドラゴンボール集めで回った場所について、1号の感想を主体にしたレポートを提出してもらいたい」
「なっ……!? 何故、そのようなことを……!?」
「あ、観光資源の報告だけとかはナシだぞ。景色を見て、1号がどう思ったかをきちんと書くんだ、いいな? ……この機会に、世界を見てくると良い。おまえや2号にはあまり外の世界を見せてあげられなかったし……少し羽根を伸ばしてくるぐらいで良いんだよ、折角の休暇なんだから」
「……承知しました」
ヘド博士がこちらを振り返り人差し指を立てたポーズをしながら話す。気遣う言葉をかけられ、無下にすることなど出来ない。結局断る事も出来ず承諾してしまった。
「よし。楽しみにしているからな」
そう言って得意げに笑うヘド博士の笑顔に、2号の面影を見てしまった。思わず、首元の布を握る。
もうすぐ2号と会えるのだ。そのためにも、速やかにドラゴンボールを探さなくては。

ドラゴンボールの捜索はカプセルコーポレーションのある西の都の周辺から回る事にして、西の都の南東にある、頑強な岩肌がそびえ立つ土地へ足を運んだ。ドラゴンレーダーの反応からして、この近辺にドラゴンボールが落ちているのだろう。
カプセルコーポレーションのある西の都は随分と栄えた街だったのだと、雄大な自然を前にして感じた。ここには観光資源とされるようなものも、優美な景観や厳かな施設も、人々が集まり楽しめるようなアミューズメント施設も無く、目の前に広がるのは広大な岩山とざらついた地面。人影は見えず、時折恐竜と思わしき生物が闊歩するのを生体スコープで捉える程度のものだった。
ドラゴンレーダーに表示されている地点に向かって飛行を進めているうちに、一つ目のドラゴンボールのある地点へと到達する。周囲を探していれば、橙色に光る玉を見つけ出した。それは手の平に収まる大きさの球体で、中で二つの星が煌めいている。
「……これが、ドラゴンボール」
本当にこの玉が七つ揃えば願いが叶うというのか。未だに信じがたいことだったが、これを探す事が今のわたしに与えられた任務なのだから遂行せねばならない。
任務と言えば、ヘド博士から旅先で感じたことをレポートにして提出するよう言われていた。感じたこと、と一言で言っても、何を書くべきか。ヘド博士はどのようなものを望んでいるのか。
ヘド博士は、景色を見てわたしがどう思ったかを書くようにと仰っていた。わたしと2号に対して、外の世界を見せてあげられなかったとも。ならばきっと、この地に立ってわたしがただ感じたこと、考えたことを書くのが正解なのだろう。
そう判断してテキストアプリを開き、景色を見た時に考えた内容や、カプセルコーポレーションとこの地点の差異について書き始めた。

レーダーの反応を頼りに空を飛んで目的地まで向かい、西から南へと進む。かつては涼景山と呼ばれた、フライパン山の近くにある島で二つ目のドラゴンボールを見つけた。
更に南へと向かえば、南の都があるパパイヤ島に辿り着いた。ここには2号が喜びそうだと感じる催しや店がたくさんある。南国リゾートとして名を馳せているのもあるせいか、みな軽装で観光客や地元の住民の誰も彼もが明るい表情をしている。気候は暖かく、観光地として栄えているからかプルメリアやハイビスカスを始めとした色鮮やかな花や雄々しく生い茂る木々が街中を彩り、開放的な雰囲気を纏っている。
街を艶やかに彩るプルメリアについて検索した時に興味深い記述を見かけた。通常、プルメリアの花びらは五枚だと言う。しかし、時折四枚や六枚の花びらをつけたプルメリアがあるそうだ。花びらが六枚のプルメリアを見つけると幸せが訪れるらしい。
2号がこの記述を見たら何と言うだろう。首元に巻いた青い布に触れる。きっと、面白いものを見つけたように笑みを浮かべて騒ぎ始めて、花びらが六枚のプルメリアを探そうとするのだろう。2号はそのような、一見無駄に思えるような行動をよく好んでいたように思う。
そのような事を考えながら夕日に染まる海辺の砂浜を歩く。ドラゴンレーダーが示す地点を探せば、すぐそこに橙色に光る玉があった。
「……これで三つ目だ、2号」
自分の身を犠牲に突撃して、セルマックスを倒す一助を担った2号。戦いが終わって2号が灰になってしまった後、ピッコロが2号のことを「スーパーヒーローだった」と言った。正しく、2号はスーパーヒーローだっただろう。ならばあの時、2号と共に飛ぼうとしたわたしはきっと、スーパーヒーローでは無かったのだ。
首元の青い布を握りしめる。もう一度2号に会いたいという感情に偽りは無い。本心だ。けれど、あの日スーパーヒーローとしての役目を果たせなかったわたしに、2号ともう一度言葉を交わす資格があるのだろうか。「慎重さが足りないな」と、わたしが常日頃から2号に伝えていた言葉をそのまま返してきた2号は、どのような心情であの言葉をわたしに言ったのだろう。
砂浜に埋まった橙色の玉が視界に映る。これが七つ揃えば、2号が戻ってくる。戻ってきた2号は、わたしに何と言うのだろう。スーパーヒーローでいられなかったわたしに失望するのだろうか。それとも、そんな事は気にもしていないと言うように「ただいま」と言って笑うのか。分からない。2号の反応が予測できず、その事に恐怖すら覚えてしまう。答えの出ない問答を考えるのは、好きではなかった。
2号のものだったマントを握ったまま、意味もなく震えるもう片方の手でドラゴンボールを拾った。ヘド博士へ提出するレポートを書かねばならない。ドラゴンボールを鞄の中へ仕舞い、テキストアプリを起動する。
──エイジ××年、六月十二日。午後五時四十七分。パパイヤ島にてドラゴンボールを発見した。パパイヤ島ではプルメリア、ハイビスカス、ブーケンビリアなどの色鮮やかな花が植えられており、街を彩っている。雄々しく生えているヤシの木は間近で見ると想定より背が高く感じられる。プルメリアについてインターネットで検索した際、興味深い記述を見つけた。プルメリアは五枚の花びらのものが多いが、時折花びらが四枚や六枚の花があるらしい。花びらが六枚の花を見つけると幸せになると言い伝えられている。2号がそれを知ったら、きっと騒ぐに違いない。また、数年に一度開かれる天下一武道会の会場もここになるそうだ。そのような催し事も、きっと2号は気にいるだろう。
簡潔にレポートの内容をまとめて飛行を開始する。書き足したい部分が出来れば後から書き足して、内容を精査すれば良い。
次に向かうのは東の都だ。高層ビルが立ち並ぶ中に古風な建造物が軒を連ねる、独特な雰囲気を持った場所だと聞く。地球の主要な都市についてはインプットされているデータベースに情報が載っているため、独特な景観は以前写真で見て知っている。けれど、西の都以外の場所を回るうちに、写真で見る景色とこの目で見る景色は全く異なるのだと知った。ヘド博士が、わたしや2号に世界をあまり見せてあげられなかった、と言っていた意味が少し分かったような気がする。仮に2号もわたしと同じ景色を見たとして、どのような感想を浮かべるのだろうか。きっとわたしとは違う着眼点でものを見るのだろう。レッドリボン軍に居た頃に行った戦闘訓練の振り返りでも、2号はわたしとは違う視点から物事を捉えることが多かった。2号が戻って来て、もしも共に世界を回ることがあれば、わたしの感じた事と2号の感じるものの差異について考えてみるのも良いだろう。

それからというもの、空を飛び、街を歩き、海を潜り、森を抜け、その先にあるドラゴンボールを探した。
世界中に散らばっているらしいとは聞いていたが、人があまり足を運ばないであろう僻地からたくさんの人が行き交う
街の外れまで、本当に様々な場所に散らばっていた。次に回る場所で七つ目になる。つまり、最後のドラゴンボールがこの先にある。
レーダーを頼りに飛行を続ければ、見覚えのあるマークがペイントされた看板が野原に打ち捨てられているのが視界に入った。看板の近くまで高度を落とせば、やはりそのマークは確かにわたしが昔よく見た、馴染み深いマークであった。かつて私の腕にもそのマークが入っていたのだから。──レッドリボンのマークだ。
夜になり周囲が暗くなっている事で以前見た景色と違うから気付かなかったが、先ほどまで飛行していた道にも見覚えがあった。わたしが先ほどから通ってきた道は、レッドリボン軍に居た頃に2号の視界から見た、ピッコロの住まう家の近くから基地へと続く、かつての2号の帰路だ。つまり、わたしが現在居る地点はかつてレッドリボン軍が基地を構えていた湖の近くということになる。
セルマックスが死の間際に起こした爆発の余波で吹き飛ばされた地形には清廉な湖の跡形などなく、少し離れた位置まで吹き飛ばされた看板が誰の手も入ることがなく野原にあり続けたのだろう。
ドラゴンレーダーが示すボールの場所はもう少し北に位置している。確か、人の手がほとんど入っていない森林が広がっていたはずだ。高度を上げて看板から離れ、大きく地形を変えたクレーターを見下ろす。地形はあの日からほとんど変わっていないように見えたが、ぽつりぽつりと緑が見える。どこからか種が飛んできて草花が生え始めたのだろうか。そうして、あの日の風景も風化していくのだろう。ドラゴンレーダーの縮尺を変え、丸い点が明滅する地点への飛行を再開した。

七つ目のドラゴンボールは、鬱蒼と木々が生い茂る森の中を流れる川の近くに落ちていた。鞄を開いて七つ全てある事を確認する。ふと顔を上げれば、いつの間にか日が昇り始めていて、空が明るくなってきていたことに気付いた。
──これでやっと、2号に会える。
逸る気持ちを抑えつけながら、ゆっくりと宙へ浮かぶ。そのまま高度を上げて西の都へと向かって飛行を開始した。
かつてのレッドリボン軍基地が存在していた場所へは、もう振り返らなかった。

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