ラブ・モーニング/ニゴチゴ

──エイジ××年、五月十日。午前十一時十八分。
「なあ1号。さっきヘド博士から頼まれた薬剤って、今はどこに閉まってあるんだ?」
「薬品庫の上から二番目の棚に閉まっていたはずだ」
「えーっと……あ! あった! ありがとう、1号!」
ガンマ2号が薬品庫から青い瓶に入った薬品を取り出し、大きな培養カプセルの近くで資料を睨みつけているヘド博士の下へ向かうのを見送る。ベッドの上に放られたままのパジャマを掴んでバスケットの中に収め、ヘド博士に先ほど言いつけられた通り基地内にあるランドリーへ向かうために足を進めた。
ガンマが創られてからというもの、ヘド博士や軍から与えられる任務は多岐に渡る。実戦に向けた戦闘訓練に基地内の見回り、兵士だけでは片付けきれない雑事にヘド博士の研究補佐。時には、多忙なヘド博士の身の回りのお手伝いをする事もある。ガンマと呼ばれる存在がわたしだけだった時も、わたしの後に作られた同型機が増えてわたしに1号というナンバリングが与えられてからも、多種多様な任務に従事している事に変わりはない。
ランドリーの近くに居た兵士とすれ違う。声を掛けてこようとしたのか、顔を上げて口を開いたかと思えば何かに気付いたかのようにはっとして、気まずそうに顔を俯かせて歩き始めた。
彼の様子を見るに、わたしの姿を見てガンマ2号かと思い声を掛けようとしたが、違ったため誤魔化す様に歩き始めた、と言ったところだろうか。兵士に与えられているナンバーは六十一。レッドリボン軍で過ごし何人かの兵士と関わってきた中で、七十から五十までのナンバーを与えられている兵士は少しだけ気が緩んでいる部分が見受けられているのに気付いた。真面目に仕事に取り組む者も居るが、中には隙を見てサボっている兵士が居るのも知っている。レッドリボン軍は在籍期間や功績に応じてナンバーが繰り上がっていくため、兵士に与えられるナンバーで言えば中ほどという数で昇進が落ち着いた事で気が緩んで中弛みしやすいのだろうと分析する。
わたしの後に稼働を開始したガンマ2号は、お世辞にも真面目だとは言い難い性格をしていた。良く言えば明るく楽観的、悪く言えば不真面目で軽薄。そんな彼は数多の兵士と気さくに会話に興じる事も少なくなかった。時折、見回りの仕事をサボってまで会話に興じているのを見た事がある。そのためか、先ほどのようにわたしと2号を間違えた兵士から気安く声を掛けられる事が度々あった。
ランドリーに入れば中は無人だった。数台の洗濯機が稼働しておりゴウン、ゴウンと低い音を立てている。空いている洗濯機に服を入れてスイッチを押せば洗濯機が動き始めた。アナログな表示をしたタイマーには二十九分と残り時間が出ている。ガンマのシステムにアクセスして、現在時刻から二十九分後にアラームをセットした。
もうすぐ正午だ。ヘド博士やその助手として入っている研究員が昼食のために休憩に入る間、わたしと2号はヘド博士の警護の任務がある。迅速にヘド博士の研究スペースへ戻らねば。

──エイジ××年、五月十日。午後二時四十五分。
メインタワーにある指令室で、中央に構えられたソファに座りチョコクッキーを口に運びながらマゼンタ総帥と会議をするヘド博士の背後に2号と共に控える。
相変わらず、マゼンタ総帥はヘド博士に対して高圧的な態度を崩さない。時折わたしと2号に対しても言ってくる嫌味は、聞いていてあまり気分の良いものでは無かった。しかしこれも、悪の科学者ブルマたちが率いる悪の組織へ対抗するために必要な時間だ。
「ドクターヘド。セルマックスの進捗はどうかね?」
「昨日も言ったけど、今は細胞を増やしている最中だ。現段階ではコントロールプログラムの調整以外、こちらから出来る事はほとんどない。ま、それでも過去のセルよりは遥かにパワーアップするように調整はしてあるよ」
「そうか。それで……そっちの、ガンマだったか? こいつらの戦闘能力は?」
「基地内にある訓練施設を用いての成績は全て完璧さ、当然だろ? ボクが用意した特別訓練プログラムも難なくこなしている。流石ボクの最高傑作だ」
「フン……兵器として十分な働きをしてくれるのなら構わないが軽率な言動は避けてもらいたいと思うのだが、どうかね?」
ヘド博士が喋っている最中にも関わらず、マゼンタ総帥はカーマインに葉巻を用意させ一口吸って煙を燻らせている。礼を欠いた彼の仕草に不快感を持つ。そのうえ、首をかしげてわたしと2号に不躾な視線を寄こした。
「おい」
「はっ」
マゼンタ総帥が声を掛けるとカーマインがリモコンを取り出し、そのままスイッチを押せばモニターに映像が流れ始めると共にスピーカーから「カーマインプレゼンツ」と音声が流れる。モニターに映し出されたのは監視カメラの映像のようで、基地内の倉庫が映っている。倉庫の端の方で2号と兵士が屯して何かを喋っているようだった。カメラから距離があるせいか音声までは拾えていないが、2号が大袈裟にポーズを取っていたりホログラムを起動して背後に投影している事から、傍目から見ても彼らが仕事の会話をしているようには見えないだろう。
「これはどういうことかな、ガンマ。『ヒーロー』にしては、随分と自由に活動している様だが」
「スーパーヒーローです。兵士と交流を図っていました。業務時間外に、ですよ」
2号が答えれば、マゼンタ総帥が不愉快そうに眉を顰める。2号の返答が気にそぐわなかったのが見て取れた。
「兵器があまり勝手に出歩かないでもらおうか。任務が終われば速やかにポッドへ戻るように、以前も伝えたはずだが?」
与えられた任務が終わればわたしと2号は速やかにエネルギー充填ポッドへ戻りスリープモードでいる事を求められている。マゼンタ総帥の要求は強制的な命令でこそないものの、必要もなく軍の内部を闊歩するのも憚られた。まだわたしたちは実戦で何の成果も挙げられていない。現状の処遇に不満が無いとは言わないが、それを言えるだけの立場ではない事もまた事実だった。
「……申し訳ありません、マゼンタ総帥。わたしの方から2号へは言い聞かせておきます」
一歩前に出て、2号を庇う。2号の行動ひとつが「ガンマ」の評価へと繋がる。ヘド博士の立場を危うくするわけにはいかず、これ以上2号に不真面目になられても困る。2号には後で言い含めておく必要があった。
「……なら構わんがな」
「総帥。製薬会社での会議時刻が迫っております」
「ああ、そうだったな。それでは会議は終わりだ。ドクターヘド、最強の人造人間を期待しているぞ」
カーマインが指を鳴らすと灰皿を持ったロボットが総帥に近づく。葉巻を灰皿に置いたマゼンタ総帥がソファから立ち上がり、そのままカーマインと共に出口へと歩いていき退席するのを見送った。
「はぁ、疲れた。五分にも満たない会議なんて無駄にもほどがある。全く……」
ヘド博士がぶつぶつと独り言を呟きながらチョコクッキーを齧り始め、会議が終わった事で端に控えていた兵士たちもぞろぞろと指令室から出ていく。それを眺めていれば、右肩に重みを感じた。
「なぁなぁ1号、さっきボクの事、助けてくれたんだよな? ありがとな!」
わたしの右肩に腕を置いて、嬉しそうに破顔した2号が話しかけくる。マゼンタ総帥から過去の行動を指摘されたばかりだと言うのに、反省の色は見られなかった。
「2号。わたしたちの評価はヘド博士の評価にも直結する。咎めこそ無かったが、今後は軽率な行動を慎むように」
「えぇ〜、任務が終わった後でもダメなのか?」
「ダメだと言っている。総帥に言われた事を忘れたのか?」
「はいはい、分かったよ。お堅いなぁ1号は」
2号はそう言ってわざとらしく肩を竦めて、呆れたようなポーズを取る。
「お~い、ガンマたち」
反省の色も見せずにいる2号へ軽率さを指摘するために口を開こうとすれば、ヘド博士から声を掛けられた。
「はい、ヘド博士。どうしましたか」
「そろそろ研究室に戻ろうと思っていてね。おまえたちはこれから戦闘訓練だろう、頑張れよ」
「はっ!」
2号が姿勢を正して返事をする。普段からこれくらい真面目でいてくれたら良いのに。
「はい、ヘド博士」
2号に続いてわたしもヘド博士に返事をする。ヘド博士が言ったように、これからわたしと2号は演習場を使った戦闘訓練を行う予定がある。研究室に戻るために席を立ったヘド博士に続いて指令室の外へ向かって歩き出せば、後ろから2号が着いて来ているのを足音で感じていた。

──ピピ、ピピ。ピピ、ピピ。
脳内で鳴るアラームの音に気付き、閲覧していた記録を止めて目を開く。未だ鳴り続けるアラームを止めて、先ほどまで開いていた記録データのタイトルを意味もなく眺めた。
今まで流していたのは、レッドリボン軍に居た頃の記録。特に2号と行動を共にしたり、2号が何かしていたのをわたしが見ていた時の記録だ。
『何も無かった』ことになったあの日以降、レッドリボン軍からカプセルコーポレーションへと移ってきたヘド博士とわたしはカプセルコーポレーションから支給された社宅に住んでいる。
わたしは日中の間ガードマンとして働き、夜になればヘド博士の食事を用意して、ボディを洗浄したら日中の活動で減ったエネルギーを充填しきるまでの時間を逆算してから空いている時間を使って2号と共にレッドリボン軍で過ごした日々の記録映像を流していた。
あの日「慎重さが足りないな」とわたしが2号に伝えていた言葉をそのまま2号から返され、ヘド博士の生存を伝えられた。わたしにヘド博士の後を託し、セルマックスへ単騎突撃して、全てが終わった後に灰となった2号の姿を思い出す。
2号の判断は正しかった。ヘド博士の事を託された事も、わたしは2号に信頼されていたのだと思えて喜ばしかった。あの日の2号の勇姿を誇りたいと強く思い、時間を見つけてはレッドリボン軍で過ごした2号との日々の記録を見返していたのだ。
首元に巻いている青い布を握りしめる。あの時、2号が残した青いマント。孫悟飯の子供であるパンが嬉しそうに空を飛ぶのをその場にいた全員で眺め、ブルマ博士の後を着いていくヘド博士の後を追って飛行機に乗り込み、カプセルコーポレーションに着いた時にブルマ博士から「どうしたのそれ、ボロボロじゃない」と指摘されるまで、マントを握ったままだったことに気付かなかった。
ガンマはヘド博士の人造人間なのだから、2号のマントをわたしが持っているままでは良くないと思いヘド博士へ渡そうとすれば、ヘド博士は少しだけ考える素振りを見せた後「そのまま1号が持っていると良い」と言った。
レッドリボン軍の本拠地はセルマックスの爆発により消えて、ガンマのバックアップデータが入ったマシンもあの爆発の余波で使えなくなってしまった。ガンマには元々それらしい私物など無く、そんな中でこのマントは唯一残った2号が生きていた証だと言えるだろう。
カプセルコーポレーションに移ってから与えられた自室に備え付けられている机の引き出しにしまっておく事も、机の上に飾っておく事も出来た。けれど、わたしは2号のマントだった青い布を自分の首元に巻く事にした。背中には既に自分のマントがあるからだ。彼のものを羽織る事は出来ないが、何故かそれを身に着けておきたかった。
あの時、どうしてわたしは2号と共に飛ぼうと思ったのだろう。ヘド博士が死んだと思い込み、その上で2号までも失う事に恐怖を覚えたのだろうか。今にして思えばあの時のわたしは冷静さを失っていた自覚はあるが、どうだろう。あの時感じた気持ちは、恐怖とは少し違う気がする。
あの時、2号と共に飛びたいと強く思った理由が思い当たらない事が不思議で仕方がなかった。答えの出ない問答は好きではない。あの時の事を話したくても、2号はもうわたしの傍には居ないのだ。
座っていたソファから立ち上がり、ポッドへと向かう。現在時刻は午前四時三十七分。今からエネルギーを充填するためにスリープモードに入れば六時にはエネルギーの充填が終わる。
明日もまた、スリープに入るまでの数時間を2号との記録を見返すのに使おう。きっと今までのわたしならば、すべきことを終わらせた後はすぐにポッドに入りスリープモードへと移行していたはずだ。こんな風に時間を使うようになるとは以前までなら考えられなかった。
「おやすみ、2号」
記憶の中の彼に挨拶をして、今度こそスリープモードへ移行を開始する。暗くなった視界の裏に、2号の微笑んだ顔が焼き付いて離れなかった。

──エイジ××年、六月一日。午前八時十分。
「なあ1号、このポーズはどう? かっこよくないか?」
両手を交差させ、人差し指を立てたポーズを取りながら2号が話しかけてくる。2号が取っているポーズをかっこいいとは思えず、素直に「かっこよくない」と感じたことを伝えれば2号は拗ねたような表情をした。
「それよりも、見回りはどうした。おまえはC区域担当のはずだろう」
わたしたちが現在いる場所はA区域だ。2号とわたしは警備の担当区域が違うため、2号がこの場に居る事は本来ならあってはならないことであった。
「スーパーヒーローであるボクらに見回りなんて似合わないだろ? もっとこう、派手な任務の方が似合うはずだ! 見回りなんて地味なことじゃなくてさ!」
不満そうな顔をして、相変わらず妙なポーズを取ったままの2号から返ってきたのは反論だった。しかし見回りをサボってわたしの元へ来た理由に正当性は無く、荒唐無稽な反論であることは明確だった。
「わたしたちはヘド博士に造られた身ではあるが、今はこの軍に所属しているんだ。命令には従え」
「……1号のカタブツ」
「なんだと?」
2号は不満そうな表情を隠そうともせずにこちらを真っ直ぐに見つめていた。口をへの字に曲げていたかと思えば、目を瞑ってわざとらしく身振り手振りを加えて喋り始めた。
「あれ? 聞こえなかったか? 1号はお堅いなって言ったんだよ」
「おまえ……以前から思っていたが、任務が身に入っていなさ過ぎるぞ」
肩を竦めてみせた2号に対して抱いた感情は呆れだった。
「持ち場を離れておしゃべりをして……今、おまえがしている事はサボりと同じだ。そんなことではスーパーヒーローが聞いて呆れるな」
「う゛……」
気になっていた事を指摘すれば2号も任務をサボっている事を自覚したのか、ばつが悪そうな顔をする。少しだけ目線を下に向けた後、2号はわたしの目を見た。
「……じゃあ、1号はこれでいいのか? これじゃあボクたち、正義の味方どころか軍の警備員でしかないじゃないか」
2号の右手が腰のホルスターに収められたブラスターに添えられる。十分な戦力を持っているはずなのに、未だに戦闘訓練以外では腰にあるブラスターを使ったことは無い。平常時はただの飾りとなってしまっているそれを、気にしているのだろうか。
「いずれ実戦に赴く時が来る。その時まで待つんだ……オレと一緒に戦ってくれるんだろう?」
2号の実力については同型機としての性能データからは基より、戦闘訓練を通して戦法の癖も把握している。オレよりも瞬発力が高く、攻撃までの動作が素早い。オレの戦い方とは違う、不意を突くような戦法も取れる。
共に戦えば、オレたちは隙の無い『ガンマ』になれる。
「……! 決まっているじゃないかぁ! その時はかっこよく一緒にポーズを決めよう、な!?」
上機嫌になった2号が独特なポーズを取る。腰を落とし、中指と薬指を折った独特のハンドサインをしながら腕を動かして静止した。背後に爆発のホログラムのおまけつきだ。
「……そのポーズでか?」
「えっ、そうだよ。かっこいいだろ?」
「そのポーズは一人でやった方がかっこいいんじゃないか。わたしは別に決めポーズなど必要無い」
「ええっ!? 絶対1号にもあった方が良いよ、決めポーズは! ヘド博士だってそう仰るはずだ!」
「いや、いらない。それよりも早くC区域に戻れ。見回りをサボるな」
「ちぇ~、分かったよ……でも! 決めポーズはしなくても、一緒にかっこつけようぜ! な!」
「分かった、分かったから戻れ」
未だに話すのをやめようとしない2号の肩を押して無理矢理C区域の方へ移動させる。2号は未だ移動する事を渋っていたものの、いやに上機嫌なままC区域へと向かって行った。

──エイジ××年、六月七日。午後三時三十分。
基地内の見回りを終え、兵士と交代する。本日の任務は完了したため、後の時間はポッドで過ごすためにメインタワーの指令室へと向かえばポッドの近くに2号が立っているのが見えた。わたしが少し近付けば、2号が振り向いてわたしの名前を呼んだ。わたしの足音が聴覚センサーに届くよりも先に2号が振り返ったのは、わたしたちの視界にある位置情報機能が働いたためだろう。
「2号、戻っていたのか」
「ああ、こっちも見回りが終わったからな。1号はもうポッドに入るのか?」
「そのつもりだが……おまえも入るんじゃないのか?」
2号と話しながらポッドを開いて、計器の確認をする。エネルギーの充填自体はスリープモードに入らずとも行えるが、ソフトウェアの更新などがあれば一旦スリープモードに入る必要があった。それに、以前マゼンタ総帥から必要がない時はスリープモードで待機するように要請されている。
「ボクは今からソフトウェアの更新をしたらヘド博士の所に遊びに行こうかな~って」
「……はぁ? ヘド博士は今も研究中のはずだろう。邪魔をするつもりか?」
ポッドの中でモニターを確認していた体を起こして2号の方を向く。2号の気まぐれや不真面目さが発揮されるのは今に始まった話ではないが、現在も研究者としての責務を果たしているヘド博士の邪魔をするというのならば止めなければならない。
「待って待って、ソフトの更新をしたら確認したい事があるから顔を出してくれって言われているんだよ。ほら、あと四日後だろう? ボクの初陣」
「……そうだったな。ソフトの更新内容は?」
「ボク用に調整した射撃精度の修正プログラム。前に射撃テストをした時、ボクの分だけが目標より少しだけズレていたのを1号が指摘してくれただろ? 確認したら照準機能に不具合が出ていたんだ。それの修正プログラムだよ、ボクだけで1号には無し」
四日後、六月十一日。ガンマの最終性能テストを兼ねたピッコロ強襲作戦が決行される予定だ。2号に行われるアップデートは、これから本格的に悪の組織と戦う事を鑑みれば当然の調整だろう。
「1号のおかげで気付けたってヘド博士も仰っていた。ありがとな、1号」
「構わない。ガンマとして当然のことを指摘しただけだ」
「それでもだよ。1号、おまえの事が好きだ」
「……またそれか。意味もない事を言うのはやめろ」
数日前から2号と会話をするたびに「好きだ」と幾度も告げられている。理由を問うても「だって好きなんだ、1号のこと」と言われるだけで、その言葉に深い意味は無い様子だった。わたしに好きだと言いたいだけで、特別に何かをしたいという訳ではないらしい。意味もなくそんな言葉を繰り返す2号の事が理解出来なかった。
「はいはい、分からないんだろ。それでも良いよ、ボクは1号が好きなんだ。何回伝えたって足りないくらいに!」
2号は大袈裟に両腕を広げて、芝居がかったようにその場をくるくると回る。嫌悪を向けられるよりはマシなのだろうが、好きだと伝えられたところで何度も伝えてくる事の意味が分からなかったし、知りたいとも思わない。その言動が任務に支障をきたさないのであれば良いと、好きにさせていた。
「無駄な事を言っている暇があるなら早くソフトの更新を開始しろ。ヘド博士を待たせるな」
「つれないな~1号は」
「早くしろ」
仕方が無いな、と言いたげな顔をして2号は自分のカプセルの中へと入っていく。いつもならもっと渋るが、ヘド博士をお待たせしているからなのか、今日は素直にカプセルに入って行った。
カプセルの扉を閉じた2号を見届け、わたしもカプセルの中へと入る。更新プログラムは無し。そのままカプセル内の機器と接続してエネルギーの充填を開始する。それと同時に、スリープモードへの移行を開始した。

映像ファイルが止まる。この日の記録はここで終わっていた。今の映像を含めて、今日は三個の映像ファイルを視聴した。この日よりも前の記録から、2号はわたしへ好意の言葉を何度も掛けていた事に今更ながら気付いた。2号はいつからか、わたしに対して好意を伝えるようになった。何故そんなことを言ってくるのかよく分からないとわたしが言ってもやめようとはしなかった。
2号から向けられるそれは、純粋な好意だったように思う。少なくとも、伝えられる時に受けた印象の中に邪な感情や独善的な感情を抱いているような素振りは見受けられなかった。本当に、ただわたしへと湧き上がる好意を伝えたかっただけなのだろう。
今にして思えば、一言くらいわたしからも2号へ好意の言葉をかけてやっても良かったかもしれない。わたしと対等に渡り合えるだけの実力を持つ同型機だったのだから……いいや、それ以上に普段の不真面目で軽率な言動が目立っていた。そういった点は好ましいとは言い難く、そこが改善されない限りは好意の言葉を掛けるなどありえなかった。
「……ん?」
そもそも、わたしは2号が好きなのだろうか。どのような理由で? どのような感情で?
2号のことは嫌いではなかった。不真面目で軽率な言動が目立ち、度々フォローを入れてやらねばならない事もあるくらいには手がかかる奴だったが、決して見放そうなどとは考えなかった。ガンマシリーズの先行機として指導しなければならない立場だったのも影響していたのだろう。だが、それ以上にわたしは正当な理由も無いのに2号の事を放ってなどおけなかった。
2号に惹かれていたのだろう、どうしようもなく。嫌でも目に入った。嫌ではなかった。
ずっと見ていたかった。ずっと、隣に居るものだと思っていた。首元に巻いている青い布を握りしめる。2号の遺した物は傍にあるのに、2号はわたしの傍にもう居ない。
どうして2号のマントを首元に巻いておきたかったのか、今までは理由が分からなかった。けれど今なら分かる。わたしは、少しでも2号と傍に居たかったのだ。2号の存在を、2号が生きていた事を実感していたかったのだ。そして、その感情の源は。
「……好き、だったのか。2号のことが」
きっと、2号に恋をしていた。2号から好きだと告げられるよりも前から。2号と共に居た時間は、実に三ヶ月にも満たない。2号が居なくなってから──あの日から、もう三ヶ月が経とうとしている。2号と共に居た時間よりも長い時間をかけて、彼と共に過ごした時間を見返している中でやっと自覚できた感情。なんて遅い自覚だろう。もっと早く知っていれば、何か変わっていただろうか。何か2号に返せていただろうか。そもそも、2号からわたしへの感情はただの好意だったのだろうか。わたしたちの感情は等量の想いだったのか。それを確かめる術は、もう無かった。

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