「おはよう、1号」
ガコン、と音が鳴ってカプセルの扉が開かれる。瞼を開ければ、わたしと瓜二つの顔をした、頭にある突起の数と胸元に与えられている数字が違う後継機──ガンマ2号が目の前に立っていた。
「……どうした、緊急の招集でもあったのか」
現在時刻は深夜三時三十分。エネルギー充填カプセルに入ってスリープモードに移行してから四時間程度しか経っていなかった。何故、この時間に「起床」したのだろう。まだわたしたちが「起床」するには早い時間だった。
ガンマに夜間の任務は与えられていない。時折ヘド博士の研究をお手伝いする時に夜更かしをする時があるが、基本的にわたしたちは決まった時間にスリープモードへ移行し、朝になったら「起床」して日によって模擬戦闘を行い戦闘データを収集したり、基地内の見回りや雑用を担っていた。
スリープモードに移行する前にセットしていた時間は通常通り朝六時にしていたはずだったが、緊急信号を受ければ「起床」する事もある。現在までそのように目立った緊急性の高い事は起こっていなかったが、今夜は違うのだろうか。
「ううん、ぜーんぜん。なあ1号、ちょっと散歩に行かないか」
わたしの腕を掴んで、2号が自分の方へとわたしを引っ張る。カプセルの淵に手をかけて踏みとどまった。
全然。散歩。2号が言った言葉を反芻する。
「散歩だと?」
「ああ。夜間に基地の外って出たことないだろ? だからさ、散歩してみようぜ、1号!」
つまり、わたしが危惧したような緊急性のある招集があったわけではなく、特に意味もなく基地内を歩こうと言うのか。
「そのためにわたしを起こしたのか」
「そうだけど? なんだよ、嫌なのか?」
「おまえも起床時間は決められていたはずだろう、どうして起床出来たんだ」
わたしたちはヘド博士に予めインプットされている起床時間に目覚めるようになっているから、夜間を自分の意思で出歩く事は出来ないようになっている。だというのに、目の前の2号は起きていてわたしの事も起こした。
「ボクたちでも弄れるよ、コレ。まあ、弄って良いとは言われてないけど」
呆れて声も出ない。目の前の同型機は、夜間に散歩してみたいという欲の為だけにヘド博士がインプットした起床時間を書き換えたのだろう。意味の無い行動に、理解が出来ない。
「ああほら1号、あとニ十分しかない。急いでくれ!」
「っ、おい! まだわたしは行くとは言っていないっ……」
「八十二番にお願いして警備ルート変えてもらってるんだ! 四時を超えると指令室への道に警備員が配置されてしまうから、急いで!」
再度2号に腕を引かれて、今度こそカプセルの外へ出る。灯りが落ちた指令室は暗いが、暗視スコープに切り替わった視界では目の前の景色を見る事に困る事は無かった。そのまま指令室の入り口まで腕を引っ張られるがままに歩いて、廊下へと出た。
「よし、上手くいってる。さあ1号、こっちだ」
そう言って足を進める2号にかける言葉も見つけられないまま、促されるままに歩みを進める。2号が兵士と口裏を合わせているからか、通りすがりにすれ違う人はいなかった。そこまでして散歩がしたかったのだろうか。
「ここの指令室ってさあ、セキュリティが甘くないか? 入退室も管理してないなんて……こんな簡単にボクらが出入り出来るなんて、迂闊にも程があるだろ。ボクらが裏切ったりしたらどうするつもりなんだろうな」
「滅多な事を言うな。我々はスーパーヒーローなんだぞ、裏切るなんて事はありえない」
「本当に1号はお堅いね〜、冗談に決まってるだろ」
いつもの調子で軽口を叩いてくるが、歩くスピードは落ちない。先ほどあまり時間が無いと焦っていたから、というのもあるのだろう。
レッドリボン軍に作られた人造人間であるわたしたちには人間のように休憩時間などは設けられていない。エネルギーがある限り全力を出せる我々に、エネルギーを補給する以外の休息は必要無いのだ。それに憧れたのだろうか。
「ここからは空を飛ぶよ」
窓を開けて2号が宙に浮かぶ。窓を抜けて夜空へと飛び出した2号の後を追って自分も宙に浮かび、窓を抜けて外へ出た。
緩やかに風が吹いている。基地内の建物からはほとんど灯りが消えて、濃紺の夜空には星が瞬いていた。
「なあ1号、綺麗だな」
「……そう、だな」
2号と並んで夜空を見る。真っ暗な中きらきらと光る星々が美しい。思えば、この目で見る初めての夜空だった。視界いっぱいに広がる夜空に、形容する言葉が見つからず2号に同意するほか無かった。
返事をしてからも何も言わずにただ空を見上げていれば、2号は空中で寝転ぶように体勢を崩して腕を頭の上で組んだ。
「……何故こんな事をした? もし総帥やカーマインに見つかったら、ヘド博士にもご迷惑がかかる可能性がある。そうなれば、わたしたちだけの問題ではないんだぞ」
初めて見る夜空に心奪われてしまったが、わたしたちは本来この時間にこんな場所に居てはならない。わざわざ兵士と口裏を合わせたくらいなのだから、2号だってその事実には気付いているのだろう。そこまでしてこんなことをする必要はあったのだろうか。
「おまえと星が見てみたかったんだよ」
閉じていた目を開いて、2号はわたしを見つめる。わたしと、星が見たかった。それだけのために、こんなことをした。兵士に頼んで警備のルートを変更させて、そこまでしてこんなことを。
「……おまえはわたしに甘すぎる」
「そうか? でもボクらは今、二人だけの同型機だ。親睦を深めておくのも良い事なんじゃないのか?」
そう、なのだろうか。これはわたしたちの親睦を深めるきっかけになるのだろうか。少なくとも、わたしにとって2号の行動は彼の突拍子もない行動への不信感を募らせるものであった。これがわたしたちの関係を良くするものになるとは思えなかった。
「ま、これからボクらのコピーが何体も作られる事を考えれば、その親睦を深める期間も短いものかもしれないけどさ。おまえといろんなものが知りたいんだよ、ボクは」
そう言って笑う2号のことが、よく分からなかった。果たしてそれはこんなことをしてまで行うべき事だったのだろうか。
「……って、こんなゆっくり話してる場合じゃなかったな。そろそろ戻らないと! 1号、一緒に戻ろう!」
そう言って2号はまたわたしの腕を掴んで来た道を引き返す。結局わたしたちが帰る場所は同じなのだから、わざわざ一緒に戻ろうと言ってくるのもおかしな話だと思った。
「……よし! 四時ぴったりだ。なあ1号、どうだった? ボクと一緒に見た夜空! 素敵だったろう?」
指令室に戻り、カプセルの前まで歩く。わたしの腕を掴んでいた2号の手はいつの間にか私の手に回っていて、わたしたちは手を繋いでいた。
「離せ」
2号の手を振り払い2号の目を見つめる。
「今後このようなことは控えるように。大体、外出など悪の組織を倒して世界が平和になってからでも遅くないだろう」
「分かってないなあ1号! ボクらはヘド博士の最高傑作と言えど、この目で見たことの無い事や知らない事はまだまだたくさんある! 自分達の手で、様々な事を知りたいと思わないか!?」
「急ぐ必要はないだろう、と言っている。知らない事をおまえと共に知る事は、嫌ではない」
「……そうか! じゃあ、また明日な、1号!」
嬉しそうに笑って、2号はカプセルの中へと入っていった。カプセルの前で一人残されたわたしは、道中誰にも見つからなくて良かったと、2号と見た夜空は綺麗で、素敵だったと考えていた。
夜半の星/ニゴチゴ
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