皿の上に焼きあがったフォンダンショコラを乗せる。フォンダンショコラの横にホイップクリームを搾り、ミントを添えれば完成だ。
2号はテーブルに頬杖をついて、嬉しそうにこちらを眺めている。何を作るか聞かれるのかと思っていたが、わたしがお菓子を作っている間ずっと黙ってリビングのテーブルについてわたしの姿を眺めていた。
2号に贈るチョコレートのお菓子を何にしようかと考えて、お菓子自体に何かしら変化がある方が2号は喜ぶだろうとフォンダンショコラに決めた。甘さも、2号好みの甘い味付けにしてある。
わたしたちに追加された味覚に使われている基本データは同様のものを用いていて、それぞれの性格に合わせて変化するようにヘド博士が調節してくれた。食に関する好みも、わたしたちの個性となり得るようにという配慮だろう。
全ての調理工程を終えたが、2号はまだこちらを眺めていた。私がお菓子作りをしていた二時間あまり、2号はずっとわたしの事を眺めていたことになる。
「……ずっと見ていて飽きないのか?」
「飽きないよ。1号の事ならずっと見ていられる」
恥ずかしげもなく、2号は気障なセリフを口にする。柄にもなく照れてしまいそうになって、誤魔化す様にエプロンを脱いだ。
「ほら、出来たぞ」
皿を2号の目の前に置けば、2号の表情が嬉しそうに綻んでいく。
「美味しそ~う! 早速いただきたいところなんだけど、ボクからも1号に贈りたいものがあるんだ。受け取ってくれる?」
「……ああ、もちろん」
2号は足元に置いてあった紙袋を持って立ち上がる。わたしの目の前に差し出されたそれは、2号からのプレゼントなのだろう。
「ありがとう。開けても良いか?」
「もちろん! 1号の事を考えながら選んだんだ」
紙袋から取り出したものは、赤いバラが植わっている小さな鉢植えだった。確か、バレンタインにはチョコレートだけでなく花を贈る習慣もあるらしい。わたしがお菓子を贈ると思ってそうしたのだろうか。
「ボクがいない一年間、ボクの事想っていてくれてありがとう。1号がボクのためにお菓子作り練習していてくれたの、すごく嬉しかった。だから、これはボクからの気持ち。ボクと一緒に、これからたくさん愛を育てて行こうよ」
「2号……ありがとう。とても、嬉しい。おまえともう一度会えて……こうして、想いを再確認できる機会が来るなんて、おまえを失ったあの頃は想像もしていなかった。これからも、傍に居てくれるか」
「もちろん。これからはずっと一緒だ」
2号はそう言って笑ったが、またセルマックスとの戦いのようなことが起これば、わたしたちのどちらかが犠牲になることで世界が、ヘド博士が、守るべき人たちが……互いが、救われるのならばわたしたちはその身を投げ打つ事を選ぶのだろう。言わなくても分かる。わたしたちは「スーパーヒーロー」なのだから。
だが、それでも。今この時だけは。
「……愛している、2号」
「ボクも愛してるよ、1号。……なあなあ、これ、食べても良いか? なんていうお菓子なんだ?」
「フォンダンショコラというチョコケーキだ。おまえの好みに合えば良いんだが……」
「1号がボクの好みを間違えた事なんか無いだろ! おいしそう~」
椅子に腰かけた2号にならって、わたしも椅子に腰を下ろす。フォークを差し出せば、2号は嬉しそうに受け取った。そのままフォークを差し入れれば、チョコケーキの中からとろりとガナッシュが流れ出た。
「……おお!? なんだこれ、なに!? 1号! すごい!」
「中からチョコレートが出てくるんだ」
わたしの期待通り、2号ははしゃぎながらフォンダンショコラを食べ始めた。ふと机の上に置いた鉢植えを見れば、赤いバラの花言葉が書かれたプレートが刺さっていた。
あなたを愛します、愛情、情熱な恋と書かれたその言葉に思わず頬が熱くなる。2号のことだから、きっと花言葉まで考慮したうえで赤いバラを選んだのだろう。
「……どうだ、2号」
「とっても美味しい! ボク好み! 流石1号!」
「落ち着いて食べろ。付いているぞ」
嬉しそうにショコラを頬張る2号の口元に、チョコレートが付いていた。指で拭ってそのまま口に含めば、甘いチョコレートの味がした。
「……1号、そういうコト、ボク以外にしないでよ」
「……するわけないだろう」
こんな風に接するのは2号だけだ。少しでも、それが伝わると良い。美味しそうにショコラを食べる2号を間近で眺められる幸せを噛み締めながら、2号への募る愛だけを想っていた。
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