もうもうと上がる白い湯気。コトリと音を立ててテーブルの上に食器が並ぶ。
「さあ召し上がれ。今日のは自信作だぞう!」
「……いつも言ってるだろ、それ」
昼下がりの穏やかな光が差し込むキッチン。柔らかく吹いた風でカーテンが揺れた。
目の前にはランチマットが敷かれたテーブル、その上に並んだ一人分の食事。向かいの椅子に座るのは、とびきりの笑顔を浮かべた白い夢魔。
これは、ロマニが時折見る夢の中での光景だった。正確には、目の前で口角をにんまりと釣り上げている夢魔と人間のハーフであるマーリンがロマニに見せている夢なのかもしれないが、それが事実かどうか理解する力は、今のロマニにはなかった。
「だからそれは違う、私が君に見せてるんじゃなくて、私が君の夢にお邪魔しているんだよ」
「おい、考えを読むな」
「仕方ないだろう、流れてきちゃうんだから」
いいから早く食べて、あったかいうちに。急かすようにフォークを手渡され、仕方なく目の前で美味しそうに湯気を立てる食事に目をやる。
テーブルの上には玉ねぎやトマト、ひき肉がふんだんに使われたミートソースのパスタに、ドレッシングのかかったレタスとハムのサラダ、小ぶりに盛られたマッシュポテト、搾りたてのオレンジジュースが並んでいる。
今度はまたブランチのようなメニューだな、と思いながらフォークを手に取り、パスタから食べ始める。
パスタソースに使われているミートソースには程よく味がついているが、パスタの塩味が強すぎてソースとパスタが喧嘩している。サラダは新鮮なレタスが使われているのか、シャキシャキとした歯ごたえが美味しい。使われているドレッシングもマーリンが和えたものなのだろう、市販のものより美味しい気がした。
問題はマッシュポテトだった。塩味が薄いし、ポテトとこのドレッシングは相性が悪いように思える。この中で一番マシなのはオレンジジュースだろうか。酸味と甘さがちょうど良く、新鮮な果汁が喉を潤した。
どれも美味しいが味付けに癖や特徴がなく、平凡さに無味を足したような味がした。ありていに言えば、中途半端な出来栄えとも言えるだろう。
「ふむ……、今日もロマン君の食事の感想はマイナス方面が多いねえ。昔、ブリテンにいた頃に作っていたものは食べやすいと好評だったのだけれど」
「良く言えば癖のない味だからじゃないのか?でも、パスタはちょっと塩が多すぎる。もう少し減らしていいんじゃないか」
「そうかい?やはり目分量というものはあてにならないねえ。これからは分量を図るようにしようかなぁ」
世間話のように食事について話をする。夢の中でこんな話を何度も繰り返していると言うのに、マーリンの食事の味付けがロマニの好みになることはなかった。いつもマーリンが作る味は決まっていてどこか味のしない食事ばかりだった。
「でも、なんだかんだ言って完食してくれるんだからロマン君は優しいよねえ」
「出されたもの残すのって悪いだろ。別に苦手なものがあるわけじゃないし」
ロマニが食事をしているのを、マーリンはただ眺めるだけだった。共に食事をするわけではない。夢の中での出来事だから、何を食べようと現実の栄養にはならないのに手間をかけて食事を作り、それをロマニに振る舞い、ただ楽しそうに笑いながらただ眺めていた。
ロマニが食事をするときに発する感情や心の機敏を食べるのが目的なのかとも疑った。それとも、誰かの夢の中にいる時点で食事に当てはまるのだろうか。
「いやまあ、そこまでアバウトではないよ」
「だから読むなって言ってるだろ」
「流れてくるんだって」
あはは、と笑うマーリンの笑い声が二人きりの空間に響く。この部屋はひどく静かで、ロマニとマーリンだけの世界のようだった。風に吹かれてカーテンが靡くのに、少しも音が響かない。夢の中だからだろうか。
「さて、キミの食事も終わったことだし片付けでもしようかな」
「夢の中なんだから片付けも何も……」
「いいや、きちんと片付けまでしなきゃいけないんだよ。こういうのは基本からだ。作るなら片付けまでちゃんとする。そういうものだろう?」
そんなものか?とロマニはマーリンのことを見つめる。相変わらずマーリンは底抜けに笑っている。何が楽しいのかわからなくて、ロマニは目を瞬かせた。
ぐにゃりと世界が歪む。ああ。夢が終わるのだ。
「さて、レムレムするのはここまでだ。あとはゆっくりおやすみ、ロマニ・アーキマン」
太陽の光なのか、日差しの差す明るい部屋でマーリンが笑いながらひらひらとロマニに手を振った。その光景が、どこか悲しくて、寂しくて、無性に泣きたくなった。
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