赤ペンください/リドフロ

※ドムサブパロ。君に陥落の続き

リドルとフロイドがDomとSubとしてのやり取りを交わすようになってから、一ヶ月ほど経ったある日のこと。
リドルがハーツラビュル寮の自室に戻ると、フロイドがソファーにおとなしく座っていた。
扉の方をじっと見つめるフロイドは、普段ならばリドルを見ればすぐに近寄ってくるのに未だソファーに座ったまま動こうとしない。
「金魚ちゃんおかえり〜」
「ただいま、フロイド。今日もきちんと待てていて偉いね。“Good”」
「ん」
リドルに褒められる度に、フロイドはじんと体が痺れるように熱くなる。思考に靄がかかったように惚けて、少ししたらその感覚も落ち着いてくる。
この快楽のために、フロイドは授業が終わってから他のハーツラビュル寮生に見つからないようにリドルの部屋に窓から入って、何をするでもなく大人しく待っていたのだ。
リドルがフロイドに誤ってCommandを使って以来、二人の奇妙な関係は続いていた。飽き性のフロイドの事だからすぐ飽きてしまうだろうとリドルは考えていたが、フロイドは飽きたような素振りを見せることもなくリドルから命令されるのを心待ちにしているようだった。
今となっては授業が終わればリドルに“Go”と“Stay”を重ねて命令される、リドルの部屋へと向かってそこでリドルの帰りを待つ事が日課となっている。
「フロイド、今日も部屋に来るまでに誰にも見つかってないね?ほら、ボクに教えてごらん。“Speak”」
「見つかってたら今頃金魚ちゃんのところにカニちゃんが走ってたんじゃない?見られてないよ」
「よろしい。いい子だねフロイド、“Good”」
リドルの方からフロイドに近づいてきて、座ったままのフロイドの頭を撫でる。フロイドの方がリドルより身長が高いのだから、常ならばフロイドが見上げる事は無いのに。
そんな小さな事でもリドルに従う自分を自覚して、褒められた事も相まってフロイドの口角はゆるゆると上を向く。
「時にフロイド。前にも言ったと思うけれど、Subというのは本来なら軽々しくDomの傍に来るべきではないんだよ」
「へぇ」
フロイドの横に座り、唐突に話し始めるリドルを見てフロイドは相槌を打つ。
先程はリドルに見下ろされていたのに、リドルがソファーに座った事でフロイドの方がリドルを見下ろしている。
「自分の支配欲を満たすために人前にも関わらずCommandを使って快楽を得ようとする者までいるくらいだ。キミ達はただでさえ恨みを買いやすいようなことをしているようだし、知識としてそういう輩がいる事も知っておくべきだよ」
「ふーん」
「一ヶ月ほどボクとDomとSubの関係として一緒にいて……、キミは何を思った?何を考えた?ボクに教えて」
リドルとフロイドの目線が合う。真っ直ぐフロイドを見つめてくるリドルは普段通りの涼やかな表情をしていたが、声色は固かった。
「オレが言いたく無いって言ったら?」
「無理やり吐かせるかな」
「あは、面白〜い」
殊勝におねだりをしてきているのかと思えばCommandを使ってでも吐かせるつもりがリドルにはあるらしいのがおかしかった。
フロイドには答えを言う以外の選択肢など与えられていないのだろう。言ったところで不都合があるわけでもないから、リドルの目を見つめ返して話し始めた。
「ずっと面白かったよ。金魚ちゃんから次はどんな命令されるのかと思ったら前より気になるようになっちゃった。褒められたら気持ちイイし。この褒められたいとか、構ってほしいってのもSubの特性なわけ?」
「元々の性格かもしれないから、一概にそうだとは言い切れないけどね」
「へ~。で、金魚ちゃんはなんでそんなこと今更聞いてきたの」
ぐ、とリドルは口籠る。何を言おうとしているのか聞きたくて、でも何を言われるのか予想が付かないのが不快になった。
「やめて。こっち見ないで、あっち見て」
リドルがフロイドの目を見つめて、口を開いた時にフロイドが鋭く言い放った。照れ隠しなのが容易に分かって、リドルはフロイドの言った通りに目線をフロイドからずらして話始めた。
「……キミがこれからもこういう関係でいたいのなら、Colorを渡しておきたいんだ」
「首輪って事?オレ、あんまり窮屈なのは嫌だよ」
「緩かったら緩かったで邪魔だと言いそうだけどね、キミは」
リドルがやけに勿体ぶって話すから、どんな重要なことを話すのかと身構えていたフロイドは肩の力を抜く。
「……首輪を付けることは嫌がらないんだね。なんだか意外だ」
「断られると思った?」
「正直ね」
「首輪付けてる間は金魚ちゃんの命令を聞いてられるんでしょ。面白そうだからもらってあげる」
フロイドが伝えれば、リドルは目を見開いた後、小さく頷いた。
「……しかし、フロイドとパートナーとはね。キミはどんなColorなら満足するんだい?」
「それを用意してくれんのが金魚ちゃんの役目でしょ」
「簡単に言ってくれるね……」
リドルの手がスマートフォンを操作して、贈る首輪の品定めを始めるが、フロイドが画面を見るのに飽きてしまってスムーズに購入出来なかった。
フロイドを満足させるような物がすぐに思いつかず、リドルはため息を吐いた。
「ねー、ほんとにColorってしなきゃダメなわけ?」
「付けておくことで精神的に安定出来るし、Colorは関係成立の証でもある。今すぐでなくてもいずれは必要になってくるよ。……あぁ、ならこれはどうだい?」
「なに?」
「“Stay”」
Commandを使ってフロイドの動きを制限し、リドルは自分が胸元でリボン結びしているネクタイを緩め、ブローチを外す。
そのままフロイドが着ているシャツのボタンを留め始め、ネクタイをフロイドの首へと通して緩くネクタイを結んだ。
「うん、首輪を買うまではこれをColorにしようか。動かずに待てて偉いね、“Good boy”」
「……は!?ネクタイ!?これがColor!?」
「あぁ、ボクのネクタイの心配ならいらないよ。予備があるから」
「いや、そうじゃなくて……、はぁ……?」
Colorを付けられたからか、フロイドは言葉に出来ない充足感に満たされる。それと同時に、シャツのボタンを留めてネクタイを締めたことにより首元が詰まって仕方がなかった。
「ねえ金魚ちゃん、これ苦しいんだけど」
「首輪を買うまでの間我慢するば良いだけだよ。キミにお似合いの首輪を探してあげるから、安心して待っているといい」
リドルの言葉にフロイドは露骨に顔を顰めるが、先ほどから何度もCommandを使って命令され、褒められ、そこにColorを付けたことによりだんだんと意識が蕩けていく。
「ん?どうしたんだいフロイド」
「いや、なんか……わかんねえ……」
惚けながらリドルを虚ろな目で見つめてくるフロイドを見て、リドルはもしかして、とある事に気付く。
「もしかしてキミ、Sub spaceに入りそうなのかい」
「なんかめっちゃふわふわすんだけど……?ねえきんぎょちゃん、なにこれ?」
「ええと……、ここじゃ狭いな。フロイド、ベッドに行こう。“Come”」
ソファーの上でしなだれかかってくるフロイドの肩を押さえて、フロイドをベッドへと誘導する。
Sub spaceに入ったSubの意識をDomがうまくコントロールしなければ、多幸感に満たされてたSubの意識が急速に落ちてしまい極度の不安を覚えてしまう。
「うん、“Good”。よくできたね、偉いよ」
「うあ……」
力無くベッドの上で崩れ落ちているフロイドを見て、リドルはごくりと唾を飲み込む。
Sub spaceに入るにはDomとSubの間に信頼関係が無ければ出来ない事であり、フロイドがリドルに信頼を見せている事実にどうしようもなく充足感を感じ、リドルは興奮を隠す事が出来なかった。
「きんぎょちゃん」
「……Sub spaceに入ってもその呼び方なんだね、キミは」
譫言のようにリドルを呼ぶフロイドを抱きしめて、頭を撫でる。別にフロイドに名前を呼んで欲しい訳ではなかったが、DomとSubのパートナーになってもフロイドの呼び方が変わらないのに、何故か安堵した。

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