同じ大学に通う善逸と、紆余曲折ありつつもお付き合いを始めて1週間が経った頃。
好きな人から「週末どっか遊びに行かない?」なんて言われたら、それはそれは浮かれてしまうに決まっている。想いが通じ合った今なら、殊更に。
以前から友人として二人きりで遊ぶ機会は何度もあったけれど、「恋人」として一緒に遊びに行くのは初めてで。
初めてのデートに、俺はらしくもなく浮かれて、そしてとてつもなく緊張していたらしかった。
結果として。初デートは散々な結果に終わった。
デートの前日は、楽しみすぎて明け方まで眠れなかった。当然のように寝坊をしてしまい、乗る予定だった電車に乗り遅れ、10分ほど待ち合わせの時間に遅刻してした。
いざ落ち合ってから何か話そうとしても話題が全く思いつかなくて、会話は途切れがちでほとんど喋れなかった。
そして、極めつけはと言えば。
△
意識が浮上する。善逸の香りに包まれているような気がして、不思議な気持ちになる。
今、何時だろう。スマートフォンを手探りで探すが、自宅の布団ではなくベッドのふわふわとした触り心地に違和感を覚える。
……昨日、俺はどうやって家に帰ったのだろうか。思い出そうとしても、善逸と一緒に夕飯を食べるために居酒屋に入ってからの記憶がない。
そこまで考えたところで、扉が開く音がした。
「……ん?炭治郎ー?起きてる?」
いくらか声を潜めた善逸の声が聞こえてくる。むくりと身体を起こせば、視界に入るのは少しだけ物の散らかったテーブルと、俺と善逸の鞄。ここは、善逸の部屋だった。
「……おはよう、善逸。あの、俺、昨日……?」
「あー……まあ、覚えてないよなぁ。
お前さ、昨日酔い潰れちゃったから連れて帰っちゃった。大変だったんだぜ~、お前俺を抱きしめたままベッドに入って寝るんだもん」
少し揶揄うように善逸は俺の額を小突いた。
情けない。せっかく初めてのデートだったのに。柄にもなくかっこよく見せたくて、服も新しいものをおろしたのに。
「炭治郎、二日酔いとかしてない?大丈夫?」
「……ちょっと頭が痛い」
「お前そんなに酒に弱かったっけ~?」
からからと笑う善逸の笑顔が可愛い。上下ともに部屋着であろうスウェット姿で、なんだか新鮮で驚いた。
いつも善逸はお洒落なのだ。流行を取り入れた服を着ているけれど、自分に似合う服の形をきちんとわかっている感じがするので、今のようなラフな格好は珍しい。
「ほら、これ飲んどきな。起きたら渡そうと思ってたんだ」
ミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡される。キャップを空けて、一口含んだ。
思いのほか乾いていた喉が潤う。こくりこくりと水を飲み干せば、善逸はちらりと伺いだてるように見つめてきた。
「……あのさ?昨日、どしたの。……なんかいつもと違ったけど」
「えっ。いや、そんなことは、」
「あるだろ。音でバレてんだよ。いつも時間きっかり守る炭治郎が遅刻するし、会話も続かないし」
「う……」
「そのうえ酔い潰れるし」
「面目ない……」
善逸からは非難の匂いはしない。どちらかというと、心配の匂いの方が強かった。
「体調でも悪かった?連れ回しちゃってごめんな」
眉を下げて笑う善逸を見て、胸がつきりと痛む。
違うんだ。そんなんじゃなくて、俺が本調子じゃなかったのは、とても情けない理由だったわけで。
「善逸、それは違う。俺は、多分……浮かれていたんだ」
「え?浮かれてた?」
「うん。善逸と……、その、恋人とのデートだって思ったら、緊張してしまって。実は、一昨日楽しみで全然眠れなくて」
「えっ、遠足前の小学生かよ!」
「……それだけ楽しみだったんだ」
善逸の言い方が少し癪に触って、そっぽを向きながら呟きを零した。
すると善逸の匂いが甘い匂いに変わる。これはどう考えても俺の反応を楽しんでいる。前に可愛い可愛いと揶揄われた時と同じ匂いだったから、面白くなくて目線を落とす。顔を見なくてもわかる、今の善逸は笑いをこらえている。
「……でも、その。本当にごめんな。善逸も、デート楽しみにしていたんだろう」
「まあ、そりゃそうだけど。……あー、じゃあさ、今日休みだしさ?
昔みたいにゲームしようぜ。それか、DVDレンタルして映画でも見ない?」
善逸から思わぬ提案を受けて、ばっと顔を上げる。俺はてっきり、こんな情けない姿を見せてしまったものだから愛想を尽かされてしまわないか、少しだけ不安だった。
「えっ、俺はいい、けど」
「けど?」
「……善逸はいいのか?」
「んー?いや、俺はさ。お前と一緒にいられるなら、どこ居ても楽しいから。いいよ」
そう言ってから、善逸はにか、と歯を見せながら笑う。俺はと言えば、善逸の言葉に衝撃を受けて顔面にじわりじわりと熱が集まっていくのを感じた。
「……うん、う、ん。善逸、ありがとう」
「いいえー?炭治郎にもそんな可愛いところあったんだなって思ってるから気にしなくていいよ」にしし
「かわっ……!?」
あはは、と善逸が笑うと甘い匂いは一層濃くなる。気恥ずかしくて仕方がないけれど、善逸が嬉しそうだから何も言えなくなってしまい、俺はと言えば赤い顔をそのままに、善逸を見つめることしかできなかった。
「ああそうだ、一泊の恩は昼飯作ってくれたらチャラにしてやるよ。おいしいもの作ってくれよ」
「……善逸、自炊してたか?」
「いいや全然。冷蔵庫今空っぽだからさあ、食料買いに行こうぜ。ほら、角のスーパーまで」
でも、その前に風呂入らないとなあ。そこまで言われて、俺は昨日風呂にも入らずに寝てしまったことを今更ながら自覚した。
△
俺は風呂から出た後善逸の服を借りて、善逸と一緒にスーパーまで買い物に行った。
昨日はあんなに話題が思いつかなかったのに、スーパーに行く道のりではいつも通り話ができた。
「善逸、何が食べたいんだ?」
「ん~、なんでもいいんだけど……あ!炭治郎さあ、肉じゃがとか作れる?」
「うん?作れるぞ」
「作って作って~」
「はいはい」
いつも俺が買い物に来るスーパーではないから、善逸にこの野菜はどこにあるのか、調味料はどこだとあれこれ聞いているうちに買い物も終わり。買い物袋を半分こして、帰路についていた。
「なんかさあー、こうしてると新婚さんみたいだな」
「しっ……、ぜ、善逸、何を言い出すんだ急に」
「別にぃ?買い物袋半分こ、夢だったんだよね。まあ今俺の隣にいるのは可愛い女の子じゃなくて炭治郎だけど」
「お前な……」
じとりと胡乱な目で見つめれば、善逸はふと目元を緩めて笑った。
「……炭治郎。たぶんさ、俺達そんなね、特別なことしなくていいんじゃないかなって思うんだ。いや、デートはしたいけどね?」
「善逸?」
「えーっと……、その。なんか、改めてかしこまってどこか遊びに行ったりしなくてもさ?お前と一緒にこうやって近所のスーパー行ってさ、一緒にご飯食べてさ。それで、家でゲームとかして遊べるだけでも、俺は全然良いんだ。俺達のデートはさ、このくらい気楽な方が合ってるんだよ、きっと」
「善逸……」
「いやでも、絶対またデートは行くけどね?そこは譲れないけどね?俺、恋人と一緒に水族館行くっていう夢は捨ててないから」
「あ、ああ」
さっきまで可愛らしいことを言っていたのに、突然恋仲になった相手との夢を話してくる。そんな善逸が可愛らしくて、ふは、と笑いが漏れた。
「あ、炭治郎笑った」
「え?」
「だからさあ、そんないろいろ考えこまなくてもいいよ。俺達のペースで慣れていこうよ」
そう言って笑う善逸が、あまりに可愛らしくて、愛おしくて。何より愛おしくて。善逸の家へ向かう足のスピードを上げる。
「えっ何、急に何!?」
「悪い、早く家に帰ろう。今すぐ抱きしめたい」
「は!?」
善逸の顔が真っ赤になったけれど、きっと俺の顔も負けず劣らず真っ赤なのだろう。
とりあえず、家に帰ったら善逸のことを抱きしめて、大好きだと何度も伝えて、とびきり美味しい肉じゃがを作って食べさせよう。欲を言えば、また今度も。善逸の好きなご飯を作ってあげて、美味しいものを食べさせてあげよう。そう、心の中でひっそりと誓いを立てた。
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