寒い夜/アルユリ

※スパイス程度にバハ設定が入ってるおそらのアルユリ

しんしんと雪が降っている。小さくため息を漏らせば息が白く宙を彷徨って消えた。
ここはレヴィオン王国。東の辺境、障流域の近くにあり、雷鳴轟く雷雲が来訪し轟音が響くこともある国。しかし普段は雷鳴が轟くレヴィオンも、降り積もる雪のせいかひどく静まりかえっていた。
今夜はひどく冷える。こんな日は家の中で暖炉に火をくべて体を温めるのが一番だろう。けれど、冷え切った空気の中一人佇むユリウスにはここで人を待たなければいけない理由があった。
「……遅いなあ、親友殿は」
独り言を呟いても、それを咎める人物はユリウスの周りにはいなかった。
こんな夜に外出する人間は少ない。日中は少ないとは言え、夜は魔物が出ることだってあるのだ。気温の低下と魔物の危険に晒されるような物好きは自分くらいだろう。
「ユリウス!?お前、外に居たのか!?」
冷えきった夜の空気に響く低音が好ましかった。ついと視線を向ければ、この寒い中、マフラーの一枚も巻かず、雷迅卿の騎士団の団長であるアルベールが立っていた。
「遅いよ親友殿。もう少しで凍死するところだったよ」
「俺の家に行っていればよかったのに」
「いやいや私が君の家の鍵を持っているとでも?」
「お前なら鍵がかかってても入ってきそうな気がする」
「君、失礼なこと言ってる自覚はあるのかい?」
彼の想像上の自分が気になってしょうがない。どんな姿で描かれているのか。
しかし、確かにわざわざこの寒空の中彼を待つ理由はない。少し歩けば酒場もあるのだから、そこに来るように彼に連絡しても良かっただろう。では何故、自分はこの寒い中、彼を外で待ったのだろうか。ユリウスが自分の行動に理解できずに首を傾げれば、アルベールがユリウスに近づいてくる。
「ああ、頭にこんなに雪まで積もらせて……こんなことなら早く戻ればよかったな、すまない」
ユリウスの頭を撫でるようにして雪を払う。その仕草が思いの外優しさを纏ったもので、ユリウスは少しだけ驚愕する。
「何故君が謝るんだい?そもそも押しかけたのは私だ」
「……お前が殊勝な態度なんて珍しい、これは明日触手でも降るんじゃないのか」
「君、結構失礼なこと言ってる自覚はあるのかい?」
些細な言い合いをしている中でもユリウスは小さく震えていた。防寒用の上着を着てマフラーを巻いていても、足元から来る冷えた空気を遮断することはできなかった。
「ああ、冷えるのか。これでも飲んで体を温めておくといい」
「なんだいこれは……、コンソメスープ?」
唐突に渡されたスープに、ユリウスは怪訝そうな目でアルベールを見つめる。理由を問いただされているのだと気づいたアルベールが、理由を話し始めた。
「ああ。今日は冷えるからと、騎士団の食堂で配られていてな。断りきれなかった」
好意を無下にはできないだろう、とアルベールは笑う。
彼は民から慕われている。どこか幼さを保ちながらもその実男性的な甘い顔、耳によく馴染む低音は女性からの人気があることを伺わせる。それだけなら鼻につくと男性陣から嫌われるのだろうが、真面目だが気さくさを持ち合わせ、騎士団長たる実力も機敏さも併せ持つ彼は、誰から慕われてもおかしくはないだろうとこちらを納得させるだけのものを持っていた。
「親友殿は飲まないのかい、これ」
「いや、頂くけど。お前の体を温めるほうが先だ」
この寒い中で待っててくれたんだろう?と言外に語られている気がして気に食わなかったが、体が冷え切っていたことは事実なのでおとなしくスープを口に含む。香ばしく、食欲をそそる匂いと野菜の味がしみたスープは心身を温めさせる。

スープを飲みながら、見慣れた道を歩く。アルベールの家から城までの道のりは、幼少時から彼と時間を共にするユリウスにとって見慣れた道であり、帰路でもあった。
「時に親友殿、なんだいこの手は」
「何がだ?」
ユリウスとアルベールは手を繋いで歩いていた。
成人男性二人、かたや雷迅卿と呼ばれ民から親しまれる騎士団長、かたやその騎士団長の親友であり、王殺しの罪を持った騎士団の元研究員。その二人が、全く人通りがないとは言え往来の真ん中で手を繋いで歩いているのは、些かおかしな光景であった。
「いや、君には恥ってものはないのか?」
「いいじゃないか、こんな日に外に出て歩いているのは俺とお前くらいだろう」
そういう問題じゃないだろう、と言いかけた言葉は沈黙に落ちる。ぴり、と手から電気とほのかな熱が伝わってきた。
「温かいだろう」
「……得意気なのが癪に触るねえ」
彼の持つ雷を操る力がこういった形で応用が効くものだったとは、ユリウスも想像しなかった。そう言えば彼は冷える日でも当然のように薄着であったことを思い出す。体温の調節も、ある程度その力で可能なのだろう。
「それにしてもその服装はいただけない、ほとんど普段着じゃないか。君は少し自分に頓着がないきらいがあるね」
「それ、お前が言うか……?」
ユリウスは首元に巻いているマフラーを抜き取ると、アルベールの首に巻きつける。少し照れたように、目を常より開いてこちらを見つめるのがなんとも面白かった。
「いくらその力で寒さが紛れるとはいえね、今日は特に冷える。用心に越したことはないよ」
「……本当に触手が降るんじゃないか?」
「親友殿、私もそろそろ本気で怒るよ?」
そのまま、自然に手を取られて繋がれる。ここまでスマートなのに何故浮いた話が世に出回らないのだろうか、とユリウスは疑問に思う。
「ははは、すまない。……まさかお前と、またこうして並んで帰路に着く時が来るとはな。」
「夢にも思わなかったかい?」
「……まぁ」
「君が気にすることじゃない。私がやったことなんだから」
でも、とアルベールは言い淀むが、ユリウスは繋いだ手の力を強めて、視線を自分へと向けさせる。
「……じゃあ、君が気にするというのなら。君の家で私のことを温めてくれないか?」
「お前……、そういう含みを持った言い方ばかりするのやめろ。変な風に取られたらどうするんだ?」
「鈍感だねえ、親友殿は私の想いを知っていると思ったのだけれど……」
「なっ……」
「まあいい、言葉通りの意味だ。君の便利なその雷のおかげでそこそこ体が温まってきたとは言えこの寒さだ。体は芯まで冷え切ってしまっているからね。早く暖炉のついた部屋で温まりたいんだ」
「はあ……わかった。後少しなんだから我慢しろ」
しんしんと雪が降る。冷え切った空気の中、白い息を吐きながら二人寄り添うように歩く姿がそこにはあった。
アルベールの家に着き、その後二人がどうやって温まったかは、また別の話である。

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