君に陥落/リドフロ

※ドムサブパロ

この世界には、男女の性別以外にダイナミクスと呼ばれる力関係による性別が存在する。
支配する側の性別、Dom。支配される側の性別、Sub。
それぞれがお仕置きしたい、されたい、褒めてあげたい、褒められたいなどといった欲を持っているのが特徴であり、DomとSubはコミュニケーションを重ね、信頼関係を重ね絆を深めることで互いの欲求を満たしあう。

授業が終わった放課後。課題のレポートを進めるために、フロイドは授業内容に関連する書籍を借りようと図書館に訪れていた。
今日は気分が乗っているから、本を借りてすぐにレポートを終わらせてしまおう。モストロ・ラウンジのシフトも入っていないため時間に余裕がある事も、フロイドの気分を上に向けさせるのに一役買っていた。
ご機嫌な気分のままに、レポートを書くのに役立ちそうな本を手に取る。提出するレポートの内容は『新月草を錬金術に用いる際の適切な処置方法と、それを行う事による実験結果への影響について』だ。薬草の扱いについて載っているかを確認したあと、寮に戻るために貸し出しカウンターへと向かっていた時、少し離れたところから小さく呟かれた呪文が聞こえた。
本棚越しに読書スペースへと目を向ければ、そこには魔導書を数冊広げて複数の魔法を組み合わせ魔法を発動させているリドルの姿があった。
色変えの魔法と合成の魔法を組み合わせているのだと、魔力の練り上がり方を見てフロイドは理解する。
面白そうな事しているリドルに声をかけようと、フロイドは魔法に集中しているリドルに背後から近づいた。
「金魚ちゃん!」
「うわっ!」
パン、と小さな破裂音を立てて、発動しかけていた魔法は霧散した。机の上に色変えの魔法による汚れが付いて、フロイドはあ~あと声を上げて残念がった。
「失敗しちゃったぁ」
「……フロイド。全くもって聞きたくはないのだけど、一体キミはボクに何の用事があったのかな?」
「え?なんもないけど?」
またいつものようにフロイドに揶揄われたのだと理解して、リドルは苛つきながらもハンカチを取り出して机の汚れを拭いた。
「さっきの、何してたの?課題?色変えと合成でしょ、何と何を合成してたわけ?」
「うるさいなぁ、少しは静かにしないか!」
「あはは、真っ赤になっちゃって本当に金魚みてえ!」
リドルが広げていた魔導書の一冊を手に取り、腕を上げて高らかにフロイドは言う。
「ほら、コレ無いと困るでしょ?金魚ちゃんは取れる?」
「ッ、この……!“Kneel”!」
「っは、え」
フロイドの膝がかくんと崩れ、床にぺたんと座り込んでしまう。その拍子に持ち上げていた本が床にばさりと音を立てて落ちた。
「は?なに、これ」
リドルが言った言葉に体が反応して、逆らえないままに体が勝手に動いた。魔法の類かと疑ったが、魔法が発動した様子も無かったためにフロイドは体が動かない事に困惑していた。
「……はぁ。よくできたね、“Good”」
「……ッ!?」
リドルは目線を合わせるように座り込んだフロイドの目の前にしゃがみ、フロイドの頭を撫でる。また、リドルから声をかけられた事で思考に靄がかかったような感覚に陥る。
頭を撫でられる度に、痺れるような歓喜に身体中が支配される。未だに体を満足に動けないことに未知の感覚に、フロイドは動揺を隠せずに目線が揺れている。
「すまない、思わずCommandを使ってしまった。……キミ、やっぱりSubだったんだな」
Commandと聞いて、フロイドはふと陸に上がる前にアズールとジェイドから説明された事を思い出した。
雄と雌――男女の性別以外にもう一つの性別があること。それは種族に関係なく現れるもので、成長するに連れて明確に分かるようになること。
先程リドルが言ったCommandとは、DomがSubに対して使う命令であり、複数の種類があると言う。主要なものは陸に上がって検査を受けた時にいくつか意味を教えてもらっていたが、今の今までフロイドはその事をすっかり忘れていた。
何故なら、フロイドは今まで一般的なSubに比べて支配されたいという欲求を持つ事が希薄だったからである。
かまって欲しい、褒めて欲しいという欲求はあるが、パートナーを作って日常的に支配されていないと体調を崩してしまうほどではないため第二の性について気に留めた事がほとんど無かった。
「やっぱりって、金魚ちゃんはオレのことSubって分かってたの?言ってないよね、オレ」
第二の性別は男女の違いに比べて目に見える範囲での違いは無い。Domであるから体格に恵まれるという事は無く、小柄であるからSubとは限らない。
見た目で判別できるものではなく、なおかつフロイドは日常的な振る舞いからの印象やあけすけに支配されたいと強請ったり体調を崩す事も無かった為に、オクタヴィネル寮のリーチ兄弟は二人ともSubではない、という認識が学校内で二人のことを詳しく知らない者の間では広がっていた。
「キミ、事あるごとにジェイドに構われたがっていただろう。他にもいくつかキミがSubかもしれないと思える言動があったから。後は感覚的にDomはSubの性を感知しやすいんだよ。おそらくDomなら注意深くSubを観察すれば見分けられるはずだ。
……ああ、こんな所であまり座ったまま話し込むのは良くないね。“Stand Up”」
リドルがCommandを口に出せば、フロイドの身体は勝手に立ち上がる。自分の意思と関係なく動く身体の感覚を不思議に思いながらリドルを見つめていれば、リドルはするりと手袋を外し、腕を伸ばしてフロイドの頬をゆっくりと撫でた。
「よくできたね、フロイド。“Good boy”」
リドルに褒められる度に、フロイドは今まで感じたことのない歓喜に支配される。指先まで痺れるような快楽と共に幸福感が駆け抜けると同時に、もっと褒めて欲しいと欲が頭をもたげた。
「キミはまだこの性に疎いのかもしれないけれど、こうやってCommandを使われてしまうといくらキミでも抵抗出来ないはずだ。これに懲りたら、迂闊にDomには近寄らないこと。そして、ボクに気安く話すことはやめるんだ」
「ふ〜ん、さっきの金魚ちゃんみたいな事をオレにしてくるヤツがいるって事?」
フロイドに気遣うような事を言っているのがおかしくて仕方が無かった。先程は咄嗟に命令して従わせた癖に。
こんな快楽を勝手に教えた癖に、もう関わるなと言うのか。
「だから、悪かったと言っているだろう!」
「悪いと思ってるんならさ〜、オレの暇つぶしに付き合ってくんない?さっきの面白かったから、もう一回やって」
「はぁ?さっきのって……Commandのことかい?」
「うん。オレに命令出来るって事はさ、金魚ちゃんはDomなんでしょ。金魚ちゃんに命令されて従うオレって超おもしれーもん」
リドルの手に頬を擦り寄せながら言うフロイドの目元はふにゃりと柔らかく、こんな表情も出来たのかとリドルは驚愕する。
本当はフロイドのお願いなど断ってしまいたかった。しかし、ここでフロイドのおねだりを断れば、無関係な別のDomに支配されようとするかもしれないかもと思うと巻き込まれてしまう別のDomが可哀想だった。
何より、リドルも先ほどCommandを使いフロイドに命令を行い、褒める事により支配する事を覚えてしまった。フロイドの誘いに乗れば、その間はフロイドを支配できる。
強い支配欲を持っているリドルは、それをフロイドで満たす事が出来るのなら特に問題は無く思えた。
「キミを放っておいてもろくなことにはならないからね。キミはあまりこの性について詳しくないようだし……、教えてあげようじゃないか。“Come”」
リドルは机の上に広げていた本を手早くまとめて、近くの棚に戻した。フロイドは借りる予定だった本を拾い、入り口の近くに設けられているカウンターへとリドルの後ろをついて歩いた。

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