ネバーランドに連れてって/リドフロ

リドルのスマートフォンが通知を鳴らす。誰からの連絡だろう、と確認すれば、トレイからの通知だった。
久しぶりに話をしないか、と書かれた文を見て、少しくすぐったい気持ちになる。
思えばトレイと話をするのは二年ぶりになる。構わない、とメッセージを送れば、今から話せるか、と返ってきた。
やけに性急だなと思ったが、問題ないと伝える。少ししてからトレイから電話がかかってきた。
「もしもし」
「リドルか?」
「そうだよ」
久しぶり、この前会ったけど、と電話越しに笑うトレイの声が聞こえてくる。カレッジにいた頃はあんなに近くで毎日聞いていたのに、久方ぶりに電話越しで聞く声はどこか他人じみて聞こえた。
この前はドタバタしてたから、とトレイが話し始めてからはお互いの近況報告をした。
トレイはナイトレイブンカレッジを卒業してから、自分でパティスリーを開く事を目標にケーキ作りの修行をしている事。カレッジに居た頃から恋人であるジェイドとは週一で連絡を取り合っている事。ついでに多少惚気られた。そういう話を出来るほど気が知れた知り合いがいないのだろうか、とリドルは思いながらもトレイの話を聞いた。その他にもハーツラビュル寮にいた生徒が今はこんな仕事をしているだとか、どこに住んでいるかなどと取り止めのない話を聞いた。
リドルは?と聞かれ、大学に行こうと思っている事を伝える。
「なあリドル。それは本当にお前がやりたいことなんだな?」
「ちゃんと自分で決めたことだよ。トレイだって、親がなったから自分もパティスリーへの道を進んだわけじゃないだろう」
それもそうだ、と苦笑する声が聞こえる。母親には未だに複雑な感情を持っているけれど、彼女の技術は本物だった。父親の仕事への直向きさも好ましく思っていた。彼らに憧れを抱いたから、自分の持ち得る知識を使って医療の道に進もうと決めたのだ。
「あぁ、あと結婚すると思う。フロイドと」
努めて何でもない事のように軽く言ってみる。結婚?とトレイが聞き返してくる声が困惑しきっていて、おかしくて少し笑ってしまった。
それもそうだろう、二年ぶりに会った幼馴染みが、学生時代に一方的に嫌っていた相手と結婚すると言っているのだから。
「……え!?リドル、フロイドの事好きだったのか!?」
「それがまだ分からないんだ。フロイドからは好きだと言われた」
「嫌いではないって事か?昔はあんなに嫌ってたのに」
しみじみと感慨深そうに言われると、少し居心地が悪い。口籠もりながら、嫌いではないよと言った。
「お前のしたい事なら止めないとは言ったけど……、まあ、リドルなら考えナシってことも無いか」
喧嘩したら言えよ、と軽い口調で伝えられる。昨日も夜ご飯で使う調味料の量について口論した事は黙っておくことにした。大した事でも無いし、痴話喧嘩も程々に、などと煽てられては堪らなかった。

結局、笑わずに聞くと言ったトレイを信用して小さな口論は相変わらず絶えない事を伝えれば、容易に想像できると笑われてしまい、笑うなと言っただろう!と声を張り上げれば、慌てたようにまた電話するよと言って電話を切られた。
リドルがトレイと電話しているのをキッチンでコーヒーを飲みながら眺めていたフロイドは、電話が終わったリドルを見て口元を緩めて笑う。
「なんかあの先輩来てからリドル変わっちゃったね」
今のリドルも面白いから好きだけど、なんて言ってフロイドはまたコーヒーを口元に持っていく。
今、フロイドは自分を何と呼んだ。いつものようにあだ名で呼ばずに、名前で呼ばなかったか。
「フロイド、いつもの金魚ちゃんって言うのはどうしたんだい」
「えっ。あれ、オレ金魚ちゃんって呼んでなかった?」
どうやら無意識にリドルの名前を呼んでいたらしい。
今まで頑なに、カレッジに居た時も、同居を始めてからも名前で呼んだことなど無かったくせに。
「まあいっか、もう家族みたいなもんだもんね。結婚するんだし。ね、リドル」
フロイドに名前を呼ばれただけなのに。大したことではないのに。
鼻がつんと痛んで、視界が潤む。溢れそうになった涙を袖で拭えば、フロイドは驚いた声を上げる。
「あれ、泣くほどうれしいの?」
「分からない……、この前からボク、おかしいんだよ」
「嬉しいんじゃん。オレに名前呼ばれたくらいでカワイイね。ほんと、リドルといるとずっと面白いから楽しいよ。ずっとオレの事楽しませてね」
心底楽しそうに笑うフロイドを見て、少し腹が立つ。勝手な事を言って。人の事を何だと思っているのだろう、と考えて、そういえば好きだと言われた事を思い出した。
あれはいわゆる告白というものではないのだろうか。
ならば、返事をするのが道理というものだろうか。
「……じゃあフロイド、とびきりびっくりさせてあげよう。キミが好きだ」
フロイドの頬に手を添えて伝えれば、フロイドは焦ったように後退りして、テーブルに腰をぶつけて派手に転んだ。
「……腰抜けた」
呆然と口を開けて呟く姿を見て、リドルは生まれて初めて、お腹を抱えて笑った。

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