ネバーランドに連れてって/リドフロ

何もしなくても日は昇り、時間は回る。
トレイ達が家を訪れてから実に一週間が経った頃、リドルは通帳の残金を確かめていた。
大学進学のために目標としていた貯金の額にあと少しで到達する額を眺めながら、フロイドの帰りを待つ。
今日は、午前中にバーで在庫の整理をして、昼頃には上がる予定らしい。
以前、フロイドに大学進学を考えている事は話してある。けれどどこの大学に進学するのか、その際の住まいはどうするのかという相談は何も出来ていない。今日はその事についてフロイドに話をするつもりだった。
フロイドが朝から仕事の時は、お昼ご飯を彼が用意してくれる。それはバーのオーナーからもらった食事だったり、安いスナックだったり、はたまた家に帰ってからご飯を作ってくれたり。月に一度あるかないかのサプライズのようで、いつも新鮮で密かに楽しみにしていた。
相変わらず味付けの濃いジャンクフードはあまり好まないけれど、フロイドと話しながら食べるジャンクフードは不思議な味がした。
「金魚ちゃんただいま~。お腹空いてる?ごはん食べよ」
オーナーが奢ってくれたんだよ、と言いながらフロイドは少しだけ冷えたスナックを掲げる。そのままキッチンへと直行して冷蔵庫に買い置きしてあるハムやチーズ、レタスを無造作にパンに挟みサンドイッチを作ってしまえば、もう立派な昼食の出来上がりだ。
「ねえフロイド。ご飯を食べた後、少し話をしないか」
「話?今じゃダメなの」
「真面目な話なんだ」
大きく口を開けてサンドイッチを平らげるフロイドの食べっぷりは見ていて清々しさすら覚える。双子であるジェイドは燃費が悪いと自称していたけれど、フロイドも似たようなものだと思い始めたのは一緒に暮らすようになってからだった。
ジェイドはこまめに食べないとお腹が空く方だったようだが、フロイドは一度に食べる量が多い。金魚ちゃんが食べなさすぎるんだと言われたが、体格も違うのだから当たり前だろうと思ったことは言わなかった。また揶揄われかねない。

「で、改まっちゃってどうしたの金魚ちゃん」
ティーカップに紅茶を淹れ、向かい合って座る。思えば、こうして誰かに自分の考えを伝える機会は少なかった気がする。小さなものならいざ知らず、これは自分の人生を決める決断だ。母親に勉強を教わり、自発的に予習に励み、学年主席を取り続け進学してきた。
今までは導かれるままに歩んできた勉学の道を、自分の意志で決めることは勇気がいる事だと感じる。
「大学に受験しようと思ってるんだ」
「あー、前に言ってたね。お金貯まったの?」
「ああ、もう少しで目標の額まで貯まりそうだ。それで本題なんだが、受けようと思っている大学が珊瑚の海に近い所にある大学でね。通うとなると、ここからだと距離がある」
「引っ越すの?」
「いずれは。……フロイド、キミはどうする。アズールが言っていたように、戻ることも出来るけど」
「え、一緒に行くけど」
即答だった。少しは思案するかと思っていたが、その思い切りの良さに救われたような気がした。
「金魚ちゃんいないならどこ居ても意味ないもん。ついて行くよ。だって金魚ちゃん、一緒に居てくれるって言ったじゃん」
フロイドがカップを煽り、紅茶を飲み干す。こくりと動く喉仏と、へらりと笑う顔を見たらもう駄目だった。言いようのない激情が込み上げてくる。
離したくない。他人の元にやりたくない。自分たちは友人でも、ましてや恋人でもないのに、こんなにも共に在りたいと願ってしまうのは何故なのだろう。
リドルは衝動的に立ち上がり、フロイドの腕を掴む。
金魚ちゃん、どうしたのと頭上から聞こえてきたけれど、何も考えたくなかった。
そのまま寝室へと向かい、フロイドを押し倒す。
「抱いていいかい」
「今から?」
「今から」
性急に口づければ、一層楽しそうにフロイドは笑った。何がおかしいのだろう。リドルはフロイドの言葉で心が乱されて仕方がないのに。
「いいよ。でも、とびきり優しくしてね。金魚ちゃん」

コメント