ガタガタと玄関の方から音がする。乱雑な足音の後にどさっと何かが落ちる音がして、あーあと間延びした声が聞こえた。
ーーああ、帰ってきたのか。今度は一体何を落としたのだろう。どうせ、靴箱の中に数だけは無駄にたくさん入っている靴にでも腕が当たって落としたに違いない。
朝帰りの同居人が立てる物音で目を覚ましたリドルは寝起きで気怠い身体を起こしながら、そんな事を考えた。
今日も仕事があるから、早く起きて顔を洗い朝食を食べなければ。冷蔵庫には何が残っていただろう。マグカップは寝る前に洗って乾かしたけれど、フロイドが自分のマグカップを勝手に使ってはいやしないだろうか?
別にそこまで厳しく使い分けるつもりはないけれど、何となく赤いマグカップはリドルの、青いマグカップはフロイドのものとして扱っていたから、自分のマグカップをフロイドが使っているのを見るとなんだか居心地が悪くなってしまう。寝起きでろくに回らない頭で、つらつらとそんなことを考える。カーテンの隙間から漏れる朝日が眩しい。
――今日は、子供達からどんな話を聞けるのだろう。どんな質問をされるのだろう?
リドルはナイトレイブンカレッジを卒業してから今まで、薔薇の国でも田舎町にあたるのどかな街で子供向けの塾講師の仕事をして生活していた。
かつての学友であるフロイド・リーチと一緒に暮らしながら。
塾へ出勤するのは昼からだが、だからと言って昼前まで寝る怠惰な生活をするつもりはリドルには無かった。カレッジに在籍していた頃のように常に時間に追われているわけでもない朝はどこか寂寥感に苛まれるが、忍ばせようともしない足音に感傷は全て吹き飛ばされていく。
「金魚ちゃんおはよ〜!朝だよ!」
フロイドは寝室の扉を豪快に開け、まだベッドに座り込んでいるリドルに声をかけながらカーテンを開け放つ。燦々とした朝日が寝室を明るく照らした。
本日は雲ひとつない快晴のようだ。昨日の天気予報でも晴れ間が広がると言っていたから、きっと今日は天気が崩れることは無いだろう。
「金魚ちゃ~ん、起きてる?朝だよ?」
「……おかえり、フロイド。起きているよ」
「そっか。顔洗っといでよ、オレ今日は料理したい気分だから朝食作ったげる」
とびっきりのヤツ、と目を細めて笑い、キッチンへと向かうフロイドを横目にリドルは洗面台へと向かった。
気分が乗っている時のフロイドが作ってくれる手料理は、調理しているのを横で眺めている分には複雑な手間はかかっていないように見えるのにいつも美味しい。何かコツでもあるのだろうかと思うが、リドルが質問をしたところできっと期待した答えは返ってこないだろう。フロイドの味付けは適量のオンパレードだから、リドルが参考にできるところは火力の調節や材料を入れるタイミング等といった、具体的な調理法ぐらいのものだった。
二人で使うには少し小さな冷蔵庫の中に、まだ卵は残っていただろうか。確かケチャップが一昨日で切れてしまっていたから、使うのなら新しいものを開けなければならない。
フロイドがもしも朝食にスクランブルエッグを作ったら、新しいケチャップを開けてたくさんかけて食べてみたい。今日は、そんな気分だった。
朝食を食べ終わったら、少しだけリドルと話をしてすぐにフロイドは寝室へと向かった。
リドルは塾講師として子供に勉強を教えている一方でフロイドは職を転々と変えており、今は家から徒歩十五分程の場所にあるこじんまりとしたバーで深夜帯にホールスタッフとして働いている。
学生時代にモストロ・ラウンジで働いていた経験が功を成しているらしく、料理の腕も立つので評判も良いのだとフロイドは嬉しそうにリドルに話をしていた。
リドルとフロイドが一緒に暮らし始めてから三年。度々小さな言い合いをしながらも二人は賃貸マンションの一室を借りて、お互いに違う仕事をしながら生計を立てていた。
卒業と同時に、お互いとの関係以外のほとんどすべてを捨てて。
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