もう少しこのまま/ぐだアヴィ

「ふふふ、マスター」
しまった。彼に酒を飲ませたのは誰だ。
「このワインは上物だね、安酒ではこうは酔えやしないだろう。
ねえ、マスター。君が成人したらささやかな酒宴を開きたい。君はどんな酒が好きなのか、どのくらい飲めるのか知りたい。ああ、無理に飲ませるつもりは毛頭無いよ。僕は唯一の友と酒を酌み交わしたいだけなのだから」
本当に誰だ、彼に酒を与えた奴。今ならキツイ小言で終わらせるから、白状してくれ。
マイルームに転がる酒瓶を眺める。このシャドウボーダーのどこにこれだけの物資があったのだろうか?
「マスター、どうして黙っているんだい。もっと僕と話をしよう。君と語り合う時間が僕はひどく幸福に感じるんだ。ねえマスター、何か言ってくれないか」
アヴィケブロンは酒癖が良くない。絡み酒というか、やけにこちらに寄り添い、たのしそうに微かに声を上げて笑う。
「…ねえアヴィケブロン、もう寝よう」
「マスター、今日が何日か覚えているかい」
人の言う事なんて聞いちゃいねえ。何か言ってくれと言ったのはそちらだろうに。
「えっと、今日?ええと…今日は、七月の七日。七夕だね」
「そうだ。生憎このコンテナからは星を見ることは敵わないが」
「もうそんなに日が経ってたんだね。毎日確認してるとはいえ、あんまり実感ないや」
カルデアでの査問の時に起こった一連の事件の後にシャドウボーダーに乗り込み、ロシアでの戦いを経て、またこのシャドウボーダーへと戻ってきた。ダヴィンチちゃんが省エネに省エネを重ねて貯めた電力を使用してのシャドウボーダー内での召喚で呼べたのは、かのロシアの地で召喚し、尽力してもらったサーヴァントであるアヴィケブロンだった。

「─藤丸立香。君は僕のスピカだ」
「えっ」
彼が来るまでのいきさつをぼんやりと思い出していたら、何か普段だと聞けない言葉を言われた気がした。
「僕は天の川というものを見たことがないが…満点の星々の中、一等輝く星がスピカと言うのだろう。ならば君は僕のスピカだ。ただの星ではない。輝く一等星だ」
「ア、アヴィケブロン。分かった、酔ってるんでしょ?水持ってくるよ。それで、今日はもう寝よう?」
「僕は酔ってなどいないよ」
「酔っぱらいは誰だってそう言う…」
カルデアにいた頃にも、何度かこういう目にはあっている。お酒を飲んだサーヴァントに絡まれたり、特異点に飛んだら酒の霧で我らが後輩、マシュが酔っぱらってしまったり。
「本当だ。僕は酔ってなどいない。証明して見せよう」
「…へえ?どんなことしてくれるの」
さっきからアヴィケブロンが腕を掴んで離してくれない。こういう時は、大人しく気が済むまで静観するに限る。変に刺激すると彼がどんな風になるのか、俺もよくわかっていないからだ。
「僕は、君が好きだ」
ひゅ、と息をのむ。
彼は今、何を言った?
「好きだ。君が。藤丸立香、僕の唯一の友。唯一の、想い人」
何を言っているんだろう。彼は、何を。俺と彼はサーヴァントとマスターであり、良き友人であったはずなのに。
「もっと格好の着く言葉を用意していたはずなのに、おかしいな。何も浮かんでこない。ああ、好きだ。立香。この言葉しか出てこない。詩人が笑わせるなぁ…」
「アヴィケブロン」
彼が一息ついたのを察して、寝台に押し倒す。かたいマットレスの上に敷かれた白いシーツに、痛んで無造作に跳ねる金髪が広がった。
「…立香」
綺麗だと思った。自分の顔が彼の仮面に反射する。目元は、影になってよく見えなかった。
息を吸い込み、こくんと唾液を飲み込む音が聞こえる。
「俺も、貴方のことが好きだ」
鋭く息を吸い込む音が聞こえる。喉がひくりと動き、彼の緊張が伝わってくるような気がした。
「…あぁ、立香」
「ねえアヴィケブロン。もう寝よう。明日、早いんだってさ。ほら残りのお酒、飲み切っちゃって。片付けられないよ」
「……、うん」
彼の前から体を寄せると、机の上にあるグラスを掴んで一気に飲み干してしまった。いい飲みっぷりだなぁ。

「おはようマスター。ところでこの酒瓶の山は何かな」
「昨日どれだけ飲んだと思ってるの?」
考えていた通り。アヴィケブロンは昨日のことをすっかり忘れていた。
「覚えていない…、ワインを一本開けてからの記憶がないんだ。僕は君に何か迷惑をかけやしなかったかい」
「何も。お酒を飲むと記憶が飛ぶのってどんな感じ?」
「…実は自分でもよく分かっていないんだ。ふわふわして、楽しくなってきたと思ったらそれ以降の記憶は朧気で」
「へえ~。俺も酒飲めるようになったらわかるかな」
「マスター、君が二十歳になるときにまだ僕が、君のそばにいたら共に酒を酌み交わさないか。…友人と共に酒を飲むということを、僕はやってみたいと、思っている」
「本当?嬉しいな。俺、ワインの味が全然想像できない」
昨日言ってたことと似たようなことを伝えてくる。本当に何も覚えていないと思っていいんだろう。

きっと俺は彼に好かれている。それは友人としてはもちろんのこと、おそらく恋慕の情を抱かれているのだろうことも分かっていた。俺はそこまで人の感情に敏感なわけではないけれど、それでも、彼からはとても分かりやすく好意が伝わってきた。
嬉しかった。それは本当だ。きっと俺も彼のことが好きなのだと、思う。彼と一緒に行動ができると心が浮き出すし、何気なく話をしてもとても落ち着く。
でも、だからこそ、俺は彼とまだ友人でいたい。
彼と恋人になることは簡単だ。昨日彼が俺に言葉で想いを告げたように、気持ちを伝えて、受け取って。でも、それだとたった一人の友人を彼は、自分は失ってしまわないか。
それが、ひどく惜しくてならない。大体、自分の想いを成就させるつもりなんて全然なかった。彼と友人であることは心地が良いし、彼が望むならこのまま友人のままでいて、いつか来る別れを待つつもりだった。果たして自分が墓に入れるのかは別として、この気持ちは墓場まで持って行こうと決めていたのに。

シャドウボーダーの廊下を歩きながら、アヴィケブロンと話をする。とても心地が良い。
ああ、もう七夕は過ぎてしまったけどお星さま。願わくば彼から想いを告げられませんように。今の関係が、終わってしまいませんように。
仮面に映る自分の顔は、今日も彼を愛おしそうに見つめている。

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