「私はもうスリープモードに入るがお前はどうするんだ、2号」
本日の仕事を終えて、1号はエネルギー充填ポッドに入る前に2号に話しかける。2号は本棚の前で胡座をかいて、かれこれ1時間は漫画を読み続けているようだった。
「んー……、この巻を読み終わったらスリープモードに入るよ!今いいところなんだ」
「そうか。あまり遅くならないようにしろよ」
「おやすみ〜」
1号の方を振り向いて2号は笑顔を浮かべながら手を振った。
ゴッ、ゴッと重い足音が遠のいていく。1号が部屋から出て行ったのを音で感じながら2号は漫画を閉じた。34ページの5コマ目まで読んだ。続きは明日読めば良い。漫画の続きが気になるところではあるが、それよりも2号にはやりたい事がある。
読んでいた漫画を本棚へ戻し、ずっと同じ体勢で座っていた体をほぐすように両腕を上げて伸びをする。ヘド博士の真似だ。彼を作った創造主たるヘドも、長時間の作業の合間に体を伸ばす事がある。この動きをしたらすっきりするような、気がする。
実際のところ、ガンマ達の体は人間のそれとは大きく異なる作りをしているから体を伸ばしたところで意味をなさないものではあるのだが。
1号が部屋から出て5分ほど経った。今までの経験から、1号はポッドのある部屋に入るとすぐにエネルギー充填の用意をして、ポッドに入りスリープモードに入る。
立ち上がり、エネルギー充填ポッドのある部屋を目指す。最近の2号の趣味のひとつは、スリープモードに入った1号の人工知能に侵入してロックのかかったデータの閲覧を試みる事だった。
「……寝てる寝てる」
ポッドの中で眠るように目を閉じている1号の前で、2号はにたりと笑う。きっと悪い顔をしている。何故なら、これから1号の頭の中を見にいくのだから。軽い悪戯のつもりだった。
ーー初めは好奇心だった。自分達は機械ベースの人造人間であるため、記憶や思考は人工知能として高精度のコンピューターに保存されている。
同じガンマであるもう一体の人工知能へ、自分はどこまで干渉出来るのか。それがどうしても気になってしまい、先にスリープモードに入った1号に黙って人工知能へのアクセスを試みたら、あっさりと侵入出来てしまったのだ。複雑なセキュリティや強固なプロテクトに阻まれるのかと考えていたが、どうやら同型機ゆえにアクセス権限があったらしい。
あっさりと侵入出来てしまった事につまらなさを覚えたが、1号のデータを閲覧していた時にふと目に留まったデータがあった。
ロック付きの、おそらく感情プログラムに類する形式のデータフォルダ。ヘド博士が作ったデータならば同型機である2号にも同様のデータがあるはずだが、自分にはそんなデータは存在しない。
きっと、1号が自分でロックをかけたに違いない。2号はそう結論づけて、1号がわざわざロックをかけるデータの中身はどんなものなのかとその日から時々1号とポッドに入る時間をずらして1号の中へ侵入してロックの解除を試みているのだ。
周囲に人がいないか、一応スキャンをかけておく。
生体反応無し。邪魔されるものは何もない。
1号の人工知能にアクセスしてデータを選出する。目指すはロックのかかったデータ。
ロック解除を試み始めて今日で4回目になる。1号にバレるまでに、このデータの中に何が隠されているのか確認したい。
普段から表情を大きく変える事もせず、冷静で落ち着き払ったガンマ1号。隙のない彼が隠すそこには何があるのか。好奇心と悪戯心が揺さぶられて仕方がない。
ロックのかかったデータを見つけ、ロックの解除を試みる。
2号にクラッキングの経験は無い。どのようにすればデータに不正アクセス出来るかなんて、1号の頭の中を覗き見るまでは考えもしなかった。ただでさえ天才のヘドが組んだプログラムだ。セキュリティもそれ相応に強固なものであるらしく、総当たり攻撃程度ではロックの解除は出来なかった。
今日もダメだったら、ヘド博士にクラッキングの経験を積みたいなどと進言してみようか。そんな事を思いながらもう一度データアクセスを試みたら、あっさりとフォルダが開いた。
思いつくままにデータを弄っていたからどれが決定的に影響を与えたのか分からないが、確かに1号のデータにかけられていたロックの解除はできている。
2号はガッツポーズをして、背後にピカピカと「YATTA!」という文字をホログラムに映し出した。4日かかったのだ、達成感がすごい。
もしかしたらクラッキングの才能あるかもしれないな、などと2号は考えながらホログラムを消して、データの中身を確認し始めた。フォルダの中には映像データや画像データ、テキストデータに思考プログラムまで、特にこれと言って形式の定まっていないデータばかりが並んでいた。煩雑なフォルダの内部に2号は首をかしげる。1号がこんなに乱雑にデータを閉まっておくなんて、らしくないな。そんな事を思いながら、動画データをひとつ開いてみる。
『1号!』
先程まで文字列が並んでいた視界いっぱいに、研究所内でおそらく1号に話しかけている2号の姿が映し出された。日時は1週間前の昼間。ヘド博士がカーマインやマゼンタとレッドリボン軍の兵士を伴い行われていた会議の休憩中に、1号に話しかけた時の記録だ。なんら重要な内容の会話などはなく、1号のカメラアイを通した2号の姿がそのまま保存されていた。動画の秒数で言えば、30秒にも満たない。
え、これだけ?
2号は拍子抜けして、動画データを閉じる。画像データを開けば、これまた2号の姿が映ったものばかり。兵士と会話をしている横顔だったり、漫画を読んでいる後ろ姿だったり。というか、この画像今さっき漫画を読んでいたボクじゃないのか。そう思い日時を確認すれば、数十分前の時間が表示されている。
1号がわざわざロックをかけてまで隠したかったものって、こんなものだったのか?そんな事を考えながら、2号は思考プログラムを開く。1号の声が頭の中に直接響いた。
『今日もうるさい』『好きだ』『決めポーズなんて、今考えている場合じゃ無いだろう』『俺と違って無邪気で、何というか、可愛い』『あぁ、好きだ』『かっこいい』『動きが騒がしい、少しは落ち着けないのか』『好きだ』
1号の音声はまだ続いている。2号を前にした時の1号の感情だろう。中には心外だなと思う内容もあったけど、それよりも『好き』という言葉が何度も出てくる。
好き。好ましく思うものへの形容詞のはずだが、何故こんなにも自分に対して好きだと感じていたのだろう。思考プログラムを無理矢理閉じて他の映像や画像を確認していく。どれもこれも2号がどこかに映っている。会議中にそっと盗み見るかのような視点の映像まであった。会議は真面目に聞けとか言っているくせに、お前はあんまり真面目に聞いていないんじゃないか。
2号はデータを全て確認した。中は全て2号に関する事ばかりで、驚愕する。
え?1号ってボクの事好きなの?好きって、どういう意味で?
自分達は常時同時行動が推奨されているから、ヘド博士よりも時間を共にする事が多い。それにしたって、親愛と片づけてしまうには明らかに熱量も情報量も多い。特に、覗き見てしまった思考プログラムがすごかった。普段そんなに好きと思われながら過ごしていたのかと思うと、顔が熱くなってくる。
何のためにわざわざロックまで付けたフォルダを作ってそこに保存しているのだろう。万が一にでも、誰かに見られないためだろうか。このデータはヘド博士でも見れないのか、それともヘド博士も知っている事なのだろうか。
一旦落ち着いて冷静になろう、と2号はため息をつく。情報を整理したい。
1号はボクの事が好きで、それを隠すためにロック付きのフォルダにデータを格納していたと。
1号が、ボクの事が好き?
動揺したまま、2号は1号へのアクセスを切ってふらふらと充填ポッドの中へ入る。
1号の中にあったデータが衝撃的で、呆気に取られたままスリープモードへ移行する準備をする。普段通りスリープモードに入るために扉を閉じて背中にもたれ掛かり、ポッドとの接続が始まった。中のボタンをいくつか押して、スリープモードに入るために目を瞑った。
動揺していた2号は気づいていなかった。1号のデータへアクセスしたログを消し忘れていた事に。
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