──ガンマ2号が帰ってきた。
Dr.ヘドがカプセルコーポレーションで新たにガンマ2号のボディを作り上げ、レッドリボン軍に居た時にバックアップを取っていたガンマ2号の人格データを搭載した、新たな「ガンマ2号」がそこに居た。
ベッドに横たわったまま起動が完了した2号はゆっくりと瞼を開ける。システムは全て正常値を示しており、起動には何も問題はない。まず視界に入った照明の眩しさに何度か瞬きをして、2号の瞳はヘドに目線を合わせた。
「おはよう、ガンマ2号。僕が分かるかい」
「……おはようございます、ヘド博士。あとそっちにいるのは1号。ん〜……ボク、何かヘマでもしました?」
「う〜ん……そうだね、詳しい事はまた後で話すよ。とりあえず、新しいボディの感想を聞きたい。完璧のはずだけど、記憶データの同期具合はどうだい?」
レッドリボン軍に所属していた頃に見ていたものとは違う研究室。よく確認すれば置かれている機器の種類も異なり、ヘドの服装にも違いが見られた。目の下にあるクマも以前より薄くなったようだ。そして2号は、ヘドの傍で控えているガンマ1号の左肩にレッドリボン軍のマークでは無いマークが入っている事に気付く。
──おかしい、あれは悪の組織と伝えられていたカプセルコーポレーションのマークではないのか。
アイカメラを忙しなく動かすこと三秒。新たなボディが2号自身の意思通りに動くのかどうか、指を動かして確かめる。拳を握り、指を1本ずつ開いてゆっくりと腕を上げる。以前のボディよりも、関節の動きに違和感を感じない気がする。各パーツへの同期の具合も問題無さそうだ。
「前より調子が良さそうです。起き上がっても?」
「構わないよ。コードがまだ繋がってるからゆっくりね」
コードが抜けないように気をつけながらゆっくりと起き上がれば、更に部屋を見回せた。
記憶の中にある場所と全く違う。机の上に物が散乱しているが、レッドリボン軍に居た頃に過ごしていたような研究スペースと生活スペースが一緒になった居住スペースとは異なる、至って清潔にされた研究室だ。引き出しや壁のところどころにヘドの趣味であろうヒーローがかっこよくポーズを決めた写真が印刷されているポスターが貼られている以外は、見たことの無い、けれど綺麗に整えられた「Dr.ヘドの研究室」だった。
2号の記憶は、孫悟飯の娘を誘拐しろとマゼンタが部下達に命令をした所で不自然に途切れている。恐らくは、バックアップを取るタイミングがその時だったのだろう。ガンマたちには記憶の自動バックアップ機能が付いており、クラウド上あるサーバーへと保存される。
レッドリボン軍に居た頃とは違う、不自然な場所で横たわり、新たなボディで目覚めた自分。悪の組織のマークを腕に着けた同型機。記憶にある姿よりも、より健康的な顔色をした創造主。
「……ヘド博士、ボクたちは負けたんですか」
「え?」
「悪の組織……カプセルコーポレーションに、負けたんですか?」
「……いいや、負けてはいないよ。でも、ボクたちを取り巻く環境は変わった」
──ヘドは2号に過去を話し始めた。
2号がピッコロと戦闘を行い、孫悟飯の娘の誘拐をマゼンタが命令した後。2号とピッコロが再度戦闘して、レッドリボン軍が正義では無かったことが発覚した事。マゼンタの手によりセルマックスが起動され、セルマックスを倒すためにピッコロや孫悟飯と力を合わせて戦った事。2号が、自分の身を挺してセルマックスへとどめを指すきっかけを作った事。セルマックスを倒した後にヘドと1号はカプセルコーポレーションに雇ってもらい、新たなボディーガードを用意するためにガンマ2号の製作を許可を貰って研究を行い、本日起動が行われた事。
「……とまぁ、これが大まかな顛末さ。細かい映像が欲しければ1号の記録を送るけれど、いるかい?」
「…………あ、はい。後で見るので送ってください、ヘド博士」
ヘドの話を聞いて呆然としたような、安堵したような2号を見て1号は目を逸らす。恐らく、2号もレッドリボン軍が完全な正義の味方であるとは思っていなかったのだろう。けれど、完全な悪なのかどうかを判断するには、ガンマたちは情報を与えられて無さ過ぎた。生を受けてからずっと、自分達はスーパーヒーローとして生きていた。自分達が身を置いていた場所が、その実悪の組織側だった事に2号はショックを受けているのか。少し背中を丸めた2号の姿を見て、1号は何故かいたたまれない気持ちになった。
「2号、気に病まないでくれ。レッドリボン軍が怪しいのは薄々分かっていた。それを分かっていながら……研究費欲しさにあいつらに着いたのは僕だ」
「でも、博士がレッドリボン軍に居たからボク達は作っていただけたのは変わりません」
「2号……」
ヘドの手が2号の腕に縋る。なにも、ヘドは許しを求めていた訳では無いのだろう。ただ、2号からかけられた言葉がヘドにとって嬉しい言葉である事は事実だった。
「ところでボクの身体、もう自由に動けるんですか?」
「ええと、あと何時間かこのままで、特にエラーや不具合が出なければケーブルを抜いてから本格的に動作のテストをしようと思ってる。テストが終わったら好きに過ごして構わないよ」
「はーい」
「1号、あの日のデータをクラウドに上げておいてもらえるかな。2号に渡すから」
「承知しました、ヘド博士」
△
ふとすれば落ち込んでいるようにも見えた2号の様子に心配した1号の気持ちは杞憂に終わった。少々混乱していたのは本当らしいが「そこまで深刻に思い詰めてないよ〜」と軽くあしらわれた。その態度が以前と変わらず軽薄なものだったため、少しでも心配した気持ちを返せ、とらしくもなく1号は心の中で悪態をついた。
「ちょっとちょっと1号、ま~た眉間にシワ寄ってるよ。慎重さが足りないんじゃない?」
「これみよがしにそのセリフを言うのはやめろ」
目を瞑って腕を組んでいる1号の眉間を2号が揉むように指で押す。1号は鬱陶しそうにその手を振り払い、壁に寄りかかった。
「不具合は見当たらなかったか?」
「うん、オールグリーン。流石ヘド博士だね。また今度組み手してくれよ、ボクが勝つからさ」
「ほう……余程自信があるようだな」
「ヘド博士の最高傑作だからね!」
2号は快調そうに片腕をぐるんと回し、1号の肩に腕を乗せる。右肩に乗った懐かしい重みに、1号は目を向けた。あの時も、肩を貸すのか貸さないのか、決めポーズを試行錯誤していた。
機嫌が良さそうに2号は目を閉じて人差し指をくるくる回している。あの時も、同じような事をしていたように思う。目を閉じて、黒い目がこちらを向いていないのが気に食わなかった。
「うぉ、っ! 危ないなあ、姿勢変えるなら言ってくれよ、1号!」
「うるさい。わたしはもう行く」
肩を借りて満足そうにしていた2号を振り落として1号は2号から顔を背ける。今、自分は何を考えたのだろうか。1号は困惑しながらも、自分に当てがわれている自室へ向かおうと歩き出した。
「ああっと、待って待って。ここの案内してもらえってヘド博士から言われてるんだけど」
「マップは頭に入っているだろう」
「入ってるけどさぁ〜!」
「……分かった、ついて来い」
ため息をついた1号は向かおうとしていた方向とは逆に歩き出す。その後ろ姿を、2号は苛立った顔をして見つめた。正確には、1号の首元に巻かれた青色の布を睨んでいた。
「ここは社長と社長夫人、ブルマ博士のご家族が住まわれている、研究施設と居住区を一緒にした建物だ。カプセルコーポレーションの本社は別にある、資料に目を通しておけ。そして、ここから先はヘド博士とわたしの部屋がある。研究室は三階に。わたしの部屋は恐らく、おまえと共用になるだろう。ヘド博士の部屋はわたしたちの部屋の隣だ」
「やっとボクらのスペース? 広いな〜、ここ。上から飛んで見たほうが早かったんじゃないか?」
「文句を言うな」
カプセルコーポレーション内を歩き回り、ブルマにも通りすがりにだが挨拶を交わした。全体を1周するのに、歩いて二時間はかかっただろうか、敷地の広さが窺える。
「……ところでさぁ、ずっと聞きたかったんだけど」
「何だ」
2号はがしがしと頭をかき、1号と目を合わせる。1号の目に、怯えの色が見えた気がした。
「その布、なに?」
「……オレの記録を見ただろう。『あの時のおまえ』が残したマントだ」
「知っている。でもこれ、なんか嫌だな」
かつてマントだった布を軽くつまみ、2号は嘲笑を浮かべる。苛立ちを隠そうともしない2号の表情に、1号は戸惑ったような様子を見せた。
「『前のボク』への操立てのつもり? そんなに前のボクに未練持たれたら、流石のボクでも妬けちゃうな〜」
「みさっ……そんな訳があるか! ただ、おまえを忘れないためにっ……」
「ボクらはガンマだろ? そんな事しなくてもメモリーに記録されて覚えられる。不必要だ」
「何が言いたい」
「……悪い、喧嘩をしたいわけじゃないんだ。ボクが目の前にいるのに、それはまだ1号のそこに必要なのか?」
「……分からない。だが、あの日からずっと、もう動かなくなったおまえを思い出すと……」
マントを掴んだ2号の手ごと、1号はマントだった布を握りしめる。それは、何も失いたくないと願う後悔が滲んでいるようにも、離れたくないと駄々をこねる子供のようにも見えた。
「ねえ1号、ボクの目を見て」
「っ……」
「ちゃんとお前を見てるだろ? ……不安にさせてごめん。あと、遅くなったけど、ただいま」
「……おかえり、2号」
2号に正面から抱きしめられて、1号も抱きしめ返す。機械が主を占めた人造人間である自分達にとってボディは器でしかなく、人格はデータとして蓄積されている。たとえ2号が以前と同じ体で復活せずとも、2号の人格が扱われているなら「ガンマ2号」と呼べただろう。それぐらい、自分たちはただの人間とは感覚が違う。それをガンマたちはどちらも分かっているし、ガンマが分かっているならばヘドも分かっているだろう。
「……同型機が消えていくのは、流石に堪えた」
「怖かった?」
「少しな」
「でもあの時、ボクがあの判断をしなければ1号が動いてただろう」
「当たり前だ」
やっぱり、と言いたげに2号は肩を竦める。お互いに世界を守るためならば身を投げ出す事も厭わない。その覚悟があってこその『スーパーヒーロー』なのだ。
「なあ1号、これからもずっと一緒に居るなんて保証は出来ないけどさ。新しいボクの事、信じてくれる?」
「……不用意な発言を控えるなら、考えてやる」
「素直じゃないんだから〜! あとそのマントさ、さっきは文句言っちゃったけど、やっぱりイイかも。ボクの、って主張されてるみたいで」
「……2号!」
「おっ、組み手か〜!? トレーニングルームでやらないとブルマ博士に怒られるぞっ!」
顔を赤くした1号が2号へパンチを繰り出すが2号は軽々と受け止める。以前よりも性能が向上しているのは本当らしい。驚いたのか、1号が目を見張った。
「へへーん、新しいボディのおかげで更に強くなっ、ってぇ!」
「……慎重さが足りないんじゃないか?」
パンチを受け止めた死角になる角度から2号の腹に1号のパンチが入る。わざとらしく崩れ落ちる2号を無視して、1号は自分達に与えられた部屋に入った。
赤面した顔の熱がなかなか引かない。2号が変な事を言ったからだ。それに対して嬉しいと感じてしまった自分も、どうかしている。
無視された事ですぐ立ち上がった2号が部屋に入ろうする気配を感じた。早く顔の熱を冷やさなければならないのに、熱が引かない。
「ここがボクらの部屋か~。予想通り、物らしい物も置いていない、と。おまえ、もう少し欲を持った方が良いぞ」
1号の後に続いて2号が部屋に入る。先ほど1号が「わたしの部屋」と言った部屋は一人で使うには少し広い。特に、人間のように寝食を必要とするわけでも無く人一倍欲が強いわけでもない1号ならば与えられた部屋を持て余していたのかもしれない。殺風景な部屋を前にして、2号は「やっぱりな」と言いたげな顔をしていた。
「……これがあれば、何もいらなかったからな」
1号の首元に巻かれた青いマントに、1号が手を添える。今度は2号が顔を赤くする番だった。
「…………そうかよ」
「ああ」
1号が目を閉じる。レッドリボン軍に所属していた頃から許していた距離に2号が居る。それがひどく幸福に思えてならなかった。
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