最適距離/熱ロク

「クリスマスに欲しいものってある?」
洗面所の前で歯磨きをしている熱斗にロックマンは話しかけた。熱斗は歯ブラシをくわえたままもごもごと何か喋りかけたが、うまく喋れない事を察して手早く歯を磨いてコップの水で口の中を濯いだ。
話しかけるタイミングが悪かったかな、とロックマンは少しだけ後悔した。数日前からいつ言おうかとタイミングをうかがっていたのに、少し失敗してしまったかもしれない。
「んー、欲しいもの?欲しいものかぁ」
タオルで口元を拭きながら熱斗はぶつぶつと呟く。熱斗も来年の春になれば小学六年生になる。そろそろサンタさんを信じなくなってくる頃かもしれない。
「んー……」
熱斗は考え込みながらPETを手に持って階段を昇り、自分の部屋に入る。
明日提出しなければならない宿題はもう終わらせてある。学校に持っていく物はそんなに多くない。教科書はPETの中に入っているし、少しの文房具とノートを持って行けばいい。体育があれば体操着が必要だけど、明日は体育の授業は無い。リュックの中身を入れ替える必要も特に無くて、熱斗はあと布団に入って眠りにつくだけだった。
「ねぇ、何か思いつくものある?」
「そうだな〜欲しいものか……」
熱斗が常になく悩んでいる。ロックマンの予想では、少し悩むそぶりをしながらも、新しいバトルチップで買いたいものがあるだとか、はたまた冬休みの宿題をやってくれだとか、内容はともかくすぐに欲しいものを答えられるものだと思っていた。
ちなみに、去年欲しいものがあるかと聞いたら新しいゲームが欲しいと言われた。それは後からこっそりママに伝えて、今では熱斗の部屋にある棚の中に置かれている。
そして、去年ロックマンが熱斗へ贈ったクリスマスプレゼントは通販でこっそり頼んだ手袋だった。その時も喜んでくれたが、今年は何を贈ろうか。喜ぶ熱斗の顔を見るのが楽しみで、ロックマンの口角が少しだけ上がる。
「……ロックマン」
「何?熱斗くん」
不意に熱斗から名前を呼ばれて、ロックマンは返事をする。ロックマンの返事を聞いて熱斗はゆっくりと息を吐いて、PETを持ったままベッドに寝転んだ。
「……ロックマン、の強化パーツが欲しいかな!ほら、ナビカスの新しいプログラムとかさ」
「ナビカスプログラム?」
「ああ、バトルチップも欲しいけどさ。今のスタイルの欠点を補える、良いプログラムパーツあればいいんだけどな〜……」
「プログラムパーツか……。あ、この前ウラスクエアに行った時にいくつかあったと思うよ。その中から使えるものがあるか分からないけど……、今度見に行ってみる?」
「そうだな!ウラスクエアまで行くってんなら、ウイルスバスティングも気が抜けないぜ」
ごろんと寝返りを打ちながら、熱斗はロックマンと会話をする。きっと自然に話を繋げられたはずだ。ロックマンはウラスクエアで見かけたというナビカスプログラムについて考えているようで、ぶつぶつと独り言を言っている。熱斗が黙ってロックマンの事を見つめていても、ロックマンは気付かない。
ロックマンから熱斗に聞かれた、欲しいもの。熱斗が欲しいのはロックマンだ。正確には、ロックマンの心とでも言えばいいのだろうか。
熱斗はロックマンに恋をしている。きっと、ロックマンが双子の兄だと分かるよりも前から。好きになったきっかけは些細な事だったと思う。いつから好きだったかは、あまり覚えていない。気付いたら好きになっていたのだから。
だからと言って馬鹿正直にロックマンが欲しい、なんて言ったらどうなるだろう。もう自分は熱斗のネットナビだよ、と言われるだろうか。胸の内に秘めてきた恋心に気付かれて拒絶されてしまうのだろうか。それとも、受け入れてくれるのだろうか。そんな事は伝えてみなければ分からないけれど、まだ伝える勇気は出ない。
なのに心は素直なもので、欲しいものと聞かれてすぐに思い付くのはロックマンの事で、結局はロックマンと答えてしまった。まあ、その後にナビカスのプログラムパーツに話題を逸らせたからロックマンは熱斗の言葉から好意に勘付く事は無かっただろう。
「あっ、もうこんな時間!熱斗くん、今日はもう寝ちゃう?」
PETの画面に表示されている時計は23時27分を示していた。寝る前だと言うのに、少しロックマンと話し込んでしまったかもしれない。
「うん、もう寝るよ。お休み、ロックマン」
「熱斗くん、お休み!」
熱斗はPETを充電器に置いて部屋の電気を消す。机の上に置いてあるPETの画面が消える。ロックマンもスリープモードに移行するのだろう。熱斗は布団の中に潜り込んで目を閉じる。
ああ、歯を磨いている間に考えていた事を忘れていた。ロックマンは欲しいものはあるのか、聞こうと思っていたのに。明日の朝覚えていたら聞こう。もし忘れていたとしても、ウラスクエアにプログラムパーツを見にいく時に思い出すかもしれない。
ロックマンとずっと過ごしているのだからロックマンが欲しいものの検討がつきそうなものだが、熱斗はてんで思い付くことが出来なかった。ベッドの上で横になり、意識がもう少しで眠りに入るからかもしれない。

今はまだ、この距離のまま。
あまりに近いと、いつ何を言ってしまうのか分からないから。

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