ほしいもの/熱ロク

「なあ、ロックマンの誕生日っていつなんだ?」
進級してすぐ、熱斗は担任から配られたプリントを眺めながらロックマンに話しかける。
明日が提出期限となっている熱斗が見ているプリントには名前や誕生日、好きな食べ物などを記入する欄が設けられている。
新しいクラスメイトの中で共有することが目的のものだ。
「ボクの誕生日……?」
誕生日と聞いてロックマンが一番に思いついた日付は、熱斗の誕生日と同じ六月十日だ。
光彩斗としての誕生日はその日になるが、双子の兄が居た事を知らない熱斗に突然そのような事は言えない。
「ネットナビの誕生日って、初回起動日になるのかな?」
「そんなの分かるのか?」
「うん。日付だけじゃなくて、時刻まで全部記録されてるよ」
初めて起動した日は、父の研究室にあるパソコンの中にいたはずだ。けれど、その時の事をロックマンは詳しく覚えていない。
ロックマンが今の自我を持ったのは、擬似人格プログラムを細かくカスタマイズされていく中で徐々にネットナビとして、ロックマンとしての自我を持つようになったのだ。
しかしロックマンの答えが思っていた答えでは無かったのか熱斗は眉を顰め、手に持っている鉛筆を面白くなさそうにくるくると回している。
削るのをサボっているのか、鉛筆の先は短くなっていた。
「それって、俺は知らねーじゃん」
「……でも、ボクだって熱斗くんが生まれた時の事は知らないよ?」
「うーん、そりゃあそうだけど……」
唸る熱斗の姿を見て、ロックマンは首を傾げる。
普段の彼ならばこのような話題に深く悩まずに納得するはずなのに。
「そうだ!ロックマンは俺の誕生日にPETの中にインストールされたんだしさ、六月十日を誕生日にしようぜ!俺と同じ!」
「えっ」
名案だとでも言いたそうに笑う熱斗を見て、ロックマンは小さく口を開けて惚ける。
「なんだよ、嫌なのかよ?」
「えっ、そんな事ない。嬉しいよ」
嬉しい。反射的に返した言葉が、全ての答えだった。
熱斗と同じ日が誕生日なのだと言ってくれる事がこんなにも嬉しい。じわりと目頭が熱くなる。きっと自分が人間ならば、瞳に涙が浮かんでいただろう。
何の疑問も持たずにそう思えるくらい、ロックマンの心は打ち震えていた。
「……じゃあ熱斗くん、ボク誕生日に欲しいものがあるんだけど」
「欲しいもの?バトルチップか?あ、新しい装備とか?」
「それも少し欲しいけど……、ボクね、熱斗くんに誕生日おめでとうって言って欲しいんだ」
「え?それだけ?」
「うん。それで、ボクも熱斗くんに誕生日おめでとうって言いたい」
ロックマンの欲しいものが想像していたものと違って拍子抜けしたのか、熱斗はぽかんと口を開けている。それが無性に可笑しくて、ロックマンはくすりと笑った。
「それぐらい、当日になったら言い合えばいいだろ?」
「うん。でも、熱斗くんに一番に言って欲しいんだ。ダメ?」
「……別に、それくらい言ってやるよ。変なロック!」
熱斗が照れ臭そうにつんと顔を背けるのを見て、ロックマンは笑う。
今はまだ、自分が双子の兄だと伝えるつもりはない。共にいる間に、彼がそれを知る事が無くても良いとすら思っている。
自分と彼は双子であったのだから誕生日は同じだ。けれど、それはロックマンではなく彩斗の誕生日だ。
ロックマンは光彩斗ではない。光彩斗にはなれない。
自分はロックマンであるからこそ、熱斗とはネットナビとオペレーターの関係を築き、その中で様々なものを共有していきたい。力を合わせて困難を乗り越えていきたい。
熱斗は、ロックマンの誕生日を自分と同じ日にしようと言った。光彩斗ではなく、ロックマンの誕生日を。
ネットナビとしても、彼と同じ日を誕生日に出来る。それが、今すぐ叫び出したいぐらい嬉しいのだ。
「……よし、プリントも書けたし、今日の宿題は終わり!ロックマン、インターネットしようぜ!」
「もう、熱斗くん。インターネットより先に鉛筆削っちゃいなよ、明日困っても知らないよ」
「ちぇー、またお説教かよ」
ぶつぶつと文句を言いながら、熱斗が鉛筆を削るために筆箱をがちゃがちゃと漁る音が聞こえる。
誕生日まで、あと何日あるんだろう。
がりがりと鉛筆を削れる音を聞きながら、ロックマンはカレンダーを起動して六月十日までの日にちを数えた。

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