伝わらない言葉/熱ロク

秋原町のとある一軒家。青い屋根に白い壁が目印の、光家族の家。
そこはロックマンのオペレーターとその家族の家であり、またロックマンの家でもあった。
「ママ、洗い物終わったよ」
「ありがとう、ロックマン。ねぇ熱斗、明日のお昼何がいい?」
明日は土曜日で、熱斗の通う中学校も休日だ。ロックマンは洗い物で濡れた手をタオルで拭い、自分よりも家族を優先する母のためにお茶の用意を始める。
コピーロイドが自由に使えるようになってから、ロックマンは積極的に家の手伝いをするようになった。家庭を支えてくれる母の助けとなるように、とロックマンが自主的に始めたことだ。
「オレ、母さんの作ったチャーハン食べたいな」
「チャーハン?材料あったかしら……」
小学生の時から変わらない好物に、ロックマンは人知れずくすりと笑みを零す。
中学生になった今も昔と変わらずに、熱斗はカレーとチャーハンと味付け海苔が好きだった。カレーとチャーハンに関しては、いかにも小学生らしいチョイスではあるが、味付け海苔がそこに追加される渋さに、ロックマンはそれを聞くたびにこっそりと笑みを浮かべているのだ。
「ロックー、オレの分もお茶いれて!」
「はいはい、わかったよ」
食器棚から熱斗の分のコップを取り出して、お茶を注ぐ。母の気に入りのおぼんにお茶を乗せて、ダイニングテーブルの上に運んだ。
熱斗はPETに何かを打ち込みながら、テレビ番組を見ていた。人気アナウンサーのケロが西へ東へ足を運び美味しいものを食べる、そんなバラエティ番組のようだった。
電脳世界にも美味しい食べものが増えればいいのになぁと、ネットカフェで飲んだコーヒーの味を思い出しながら思った。
ロックマンのオペレーターは相変わらずの子供舌で、未だにコーヒーをあまり好んで飲むことはなかった。
まだ中学生だから当たり前かな、とロックマンはぼんやりと考えた。
熱斗の隣に座り、テレビを眺める。どうやらこの番組ではドラマの宣伝を兼ねているらしく、母がハマっているお昼のドラマに出ている俳優が店を巡っていた。
「……なぁロック、そろそろコピーロイド充電した方がいいんじゃないか?」
「え、そう?でも、まだ充電には余裕あるよ」
「ん~……いや、なんか手持ち無沙汰みたいだから。PETの中の方が暇しないんじゃないかなって……」
熱斗がどこか気まずそうに話す。母であるはる香がお茶を飲みながらテレビをのんびりと見ることがあっても、ロックマンはそうではないと熱斗は思っているのかもしれない。
「そんなことないよ。テレビ、最後まで見たいし」
「……そっか?ならいいけど」
熱斗はそう言ったあと、席を立って台所へと向かった。何かお菓子を探しているのだろう。
退屈はしなかった。コピーロイドを自由に使えるようになってからというもの、なかなか家に帰れない父に代わり一人で家庭を支え、苦労していた母の手伝いが出来るようになった。
今まではPET越しにしか眺める事が出来なかった家族の団欒を、身近に感じながら眺める事が出来た。
けれど、母と自身のオペレーターのためにお茶を用意している時に、二人が食事している様子を眺めているたびに、共に食事を摂れない自分は彼らとは違うのだと自覚する。
それでもロックマンは構わなかった。彼らと家族として傍にいられるのだから。

「おやすみ、ロックマン」
「おやすみ、熱斗くん。明日は休みだけどちゃんと起きてね?」
「わかってる、わかってるよ……」
もう半分寝ている顔の熱斗を見つめて、ロックマンはそっと微笑んだ。
今日も大好きだったよ、熱斗くん。きっと明日も大好きだよ。
声に出ない告白を視線に乗せて、PETの照明を落とした。愛しい人の安眠を、邪魔しないように。

コメント